小樽の赤い靴の少女像。
小樽赤い靴・親子の像の特徴
赤い靴の女の子の像は、モデルとなった家族の姿を伝えています。
小樽には七箇所ある赤い靴の像の一つで、足を運びたくなる魅力があります。
雑音から離れた静かな雰囲気の公園で、リラックスできる空間です。
童謡「赤い靴」の歌のモデルとなった女の子の両親が、晩年を小樽で暮らしていたという縁で小樽にこの銅像が建てられた様です。オルゴールでメロディも流れます。
ララァここにいたのか👠
赤い靴の女の子のきみちゃん像は、小樽を含めて七箇所ある。この運河公園内に2007年(平成19年)11月に完成している。他の女の子像と違うのは、画像の三人が寄り添う姿の赤い靴像は、全国初めてである。資料では、このブロンズ像全体の高さは180cmで、台座が95cm、像の高さは85cmとあった。さらに赤い靴の通り、靴は真っ赤に塗られている。赤色だけがハッキリしている。私がみた函館、留寿都と違い、親子三人の像だ。母親のかよさんとその夫である鈴木志郎さんは、きみちゃんの生涯を思い続けながら、この小樽でクリスチャンとして、晩年をすごしているのだ。この親子の像は、きみちゃんはふっくらとしたほっぺたで可愛い、それを温かい眼差しで見つめてるかよさん、その二人の間で見つめてる志郎さんである👌。この像を見てると、両親の子供に対する強い想いを感じ、泣ける像が、この小樽赤い靴・親子の像であろう😭。
横浜の山下公園にも像がありますが、こちらは童謡ではなく、そのモデルとなった家族の像ですね。両方訪れてみるのもいいかと思います。
赤い靴履いてた女の子ですね!
Un parque tranquilo y recreativo, lejos del ruido del centro
| 名前 |
小樽赤い靴・親子の像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
2025·R7.7.19"旧日本郵船小樽支店"(今年4月に5年越しのリニューアルオープン)見学後、向かいの"運河公園"に初訪問です。誰しもがご存じの童謡「赤い靴」、1921·T10年に野口雨情によって書かれ、翌1922·T11年に本居長世が作曲したものです。この童謡 赤い靴の女の子が実在していたことが明らかになったのは、1973·S44.11月北海道新聞の夕刊に掲載された"岡 その"さんという方の投稿がきっかけで「雨情の赤い靴に書かれた女の子は まだ会ったこともない私の姉です」という記事をある北海道テレビ記者が5年掛けて、ついには米国まで行って幻の異人さんである米国人宣教師を捜し女の子を突き止めたと云います。女の子の名前は"岩崎きみ"さん(1902·M35.7.15 静岡県旧二見村 生まれ)、母"かよ"さん(多分、静岡→函館→留寿都→札幌→小樽)からきみちゃんを託された宣教師夫妻が米国に戻らなければならない際には、もともと病弱なきみちゃんは渡米ができない状況で、永坂孤女院に預けられ養生のかいなく9歳(1911·M44.9月)で亡くなり、今は東京港区六本木の鳥居坂協会の共同墓地に眠っているそうです。(母かよさんは"きみちゃん"が日本に残されていることを知らなかったのではないかと云われています)諸事情からすれ違わざるを得なかった母娘·親子が、彫刻となってから一緒に居られる。国内6ヵ所の"赤い靴の女の子"の彫刻のうち唯一の親子像だったのですが、その後青森県鰺ケ沢に国内7ヵ所目が"親子像"で出来てます。ちなみに彫刻を作成順でいうと、①神奈川·横浜·山下公園「赤い靴はいてた女の子(1979·S54.11.11)」,②静岡·日本平山頂「母子像(1986·S61.4月)」,③東京·麻布十番「きみちゃん(1989.2.28)」,④北海道·留寿都「母思像(1991.10月)」,⑤ここ北海道·小樽「赤い靴 親子像(2007·H19.11.23)」,⑥北海道·函館「赤い靴の少女像(2009·H21.8.7)」,⑦青森·鰺ケ沢「赤い靴 親子三人像(2010·H22.11.3)」です(①③④⑥が女の子一人、②は母娘、⑤⑦が親子三人です)。