手宮の大地主が見守る、風通しの良い通り。
能島通の特徴
ヨシヤ生誕の地として多くの人が訪れる場所です。
端から端まで見える風通しの良い通りが魅力的です。
手宮の大地主能島家に由来する歴史深い通りです。
端から端まで見える風通しの良い通りです🤣
【手宮歴史探訪】手宮の大地主の能島氏が、かつて蛇行合流氾濫繰り返していた手宮中川(豊川町側)と手宮川本流(梅ケ枝側)を治水整備、開発した旧商店街。昔はにぎやかで、能島通りには、肉屋さん(相川精肉店)、北小樽会館、郵便局、数件の呑み屋、寿司屋(だるま)、衣料品店(ヨシヤ)、婦人服ブティック、おやき屋さん、造り酒屋、2件のペットショップ(高見&大西)、スポーツ用具店(ミナトスポーツ)、パン屋(リッチ)、床屋(ウスイ)、美容院、化粧品店、3件の餅菓子店、酒屋、八百屋、寝具店、銭湯(富士の湯)、花屋(長谷川)、蕎麦屋、ラーメン屋(孫悟空ラーメン)、貸本屋(金魚本w)、スーパーM(コープさっぽろ)、寿司仕出し(千成)、洋菓子店(ルブラン)、質屋(常磐通り沿い)etc.短い通りですが活気に満ちた商店街でした(T_T)。昭和初期には手宮狸小路(現・手宮保育園~パキスタンカレー屋辺り)に赤線が有ったと云われている。6月の手宮祭のときには人でごった返していました。今は、ご覧のとおりの有様で御座います。
手宮の大地主能島家がこの通りに面していたことから名付けられた。能島家は三代にわたり、道路開削、整備、手宮川改修を自費で行い、これらに対する住民の感謝の気持ちが、個人の姓を冠した通りの名前になった。1890(明治23)年、初代当主能島繁蔵は手宮川下流が蛇行していたのを、自力で改修。1907(明治40)年、二代目正治郎は北郭(遊郭)が指定されたことに伴い、これに通ずる道路を開削、さらに手宮川を北郭の中央を直進するように改修した。 これ以来、手宮川通などの主要道路は、能島家が私道として管理し、一般の用に供していた。1934(昭和9)年、三代目正一がこれら多くの道路用地を市にそっくり寄付。その総面積は5,484㎡に及んだ。
| 名前 |
能島通 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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倒産しましたがヨシヤ 生誕の地です。