雪に映える旧旭川偕行社。
中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館(旧旭川偕行社)の特徴
明治35年に建設された旧旭川偕行社は国の重要文化財です。
中原悌二郎の作品が多く展示され、彫刻の概念を一新します。
冬の雪景色に映える白亜の美しい建物が魅力です。
AI調べ情報です。🏛️ 中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館 創業・沿革設立・開館この美術館は、日本の近代彫刻史に大きな足跡を残した彫刻家・中原悌二郎を記念するための専門美術館として、1994年(平成6年)6月1日に開設されました。由来旭川市は彫刻家・中原悌二郎の功績を称え、また彫刻文化を発展させる目的で設立しました。所蔵と展示中原悌二郎の作品(全12点)を中心に展示するとともに、彼に影響を与えたロダンや荻原守衛などの作品、さらに1970年に創設された「中原悌二郎賞」受賞作品を含む現代彫刻作品を収蔵・展示しています。建物の歴史美術館の建物自体は、**1902年に建てられた「旭川偕行社」**というもので、旧日本陸軍将校の社交場として使われていた歴史的な洋風建築です。この建物は1989年(平成元年)5月19日に国の重要文化財に指定されました。1994年の美術館開館に当たっては、この歴史的建物を改装して活用しました。関連賞・活動1970年(昭和45年)に旭川市が中原悌二郎の業績を顕彰し、**「中原悌二郎賞」**を創設しました。この賞の受賞作品の多くを美術館が収蔵しています。改修2012年から2017年にかけて、大規模な耐震補強と修復工事が行われ、2017年10月8日に再オープンされています。旭📌 まとめ(沿革年表)1902年 – 旧旭川偕行社として建築(現在の美術館建物)1970年 – 旭川市が「中原悌二郎賞」を創設(美術館の所蔵基盤となる)1989年 – 建物が国の重要文化財に指定される(旭川市で唯一)1994年6月1日 – 中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館として開館(創業)2012–2017年 – 大規模改修と耐震補強を実施し、2017年再オープン以下私のレビューです。斜向かいのカフェにて小腹を満たした後で訪館させて頂きました。旭川市民として長く生きてきましたが最近は旭川について理解が浅いと気づきがあり本日に至ります。館内には様々な展示品(撮影はできますがSNSへの投稿は✖️)があり所々に中原悌二郎さんの生涯を刻む彫刻等が展観されていますお隣の井上靖記念館とセット行く場合はチケットをセットで購入するとお得なようですよ。(小学生以下は無料)貴重な展示品を旭川の方々も旅行の方々も是非とも御覧頂ければと思います。駐車場は彫刻美術館の向かって右隣に広くありますよ。由緒ある偕行社の建物の造りも、目の癒しとなりました。
2025·R7.10.11 初訪問です。中原悌二郎(1888·M21.10.4~1921·T10.1.7)は大正期の日本を代表する彫刻家の一人で、釧路で生まれた後 厳しすぎる父親嫌いもあって、自らすすんで旭川の母方の叔父夫婦の養子となるために1897·M30年に母とともに旭川市へ移り住みました。その後、道庁立札幌中学校(現 札幌南高校)に入学し医師を目指していましたが、3年生で落第して中退したのを機に上京して画家の勉強に励んだものの、絵の具代のかさむ画家を諦めて彫刻に転じたと云われています。過労が原因の急性尿毒症で32歳の人生を閉じるまで、その生涯で制作した作品は25点、どうしても納得がいかず自らの手で壊すなどしたものを除いた現存する12点の作品の全てがこの"中原悌二郎記念 旭川市彫刻美術館"に展示されています。中原悌二郎の死後40年以上を経過した1962·S37年に、友人で彫刻家 遺作となった彫刻"平櫛田中像"のモデル(互いの肖像を創りっこしていた)で当人でもある平櫛田中をはじめ、旭川で代用教育の経験もあり悌二郎の影響で彫刻家となった加藤顕清らの努力によって悌二郎の作品が旭川にたどり着くこととなります。1927·S2.5.24に旧制新潟高等学校(現 新潟大学)で「ポオの一面」と題して講演した芥川龍之介が、その学校に展示されていた"若きカフカス人"を鑑賞して、後の「東北·北海道·新潟」という紀行文に『新潟高等学校 誰だか この中原悌次郎(注:二が次になってる)氏のブロンズの「若者」に惚れる者はゐないか?この若者は未だに生きてゐるぞ』と記されいると云います(新潟は悌二郎の妻 信 のゆかりの地であり、新潟大学には この像のオリジナルと複製2体の計3体があるとのことです)。こちらの美術館は建物自体の内外観と野外彫刻は撮影OKですが、建物内の作品は撮影禁止とされています。時間をかけて目と心に焼き付けてください。ところで、こちらの建物「旧 旭川偕行社」は、1989·H元.5.19に国の重要文化財(建造物)として指定されていて、2012·H24~2017·H29まで半解体のうえ耐震補強や必要な修繕を施して復元する大規模改修が行われました。まばらにタクシーで乗り付けてくる観光客の方もいて、建物自体の人気も高いところです。
日本の彫刻家の登竜門、中原悌二郎賞は旭川であることを大人になって知った。こんな権威のある賞を受賞した作家の作品を、この美術館で見ることができる。この美術館を見れば、日本近代の彫刻史がわかる。中でも製作した数が少ない中原悌二郎のコレクションはかなり揃っていて、代表作の「若きカフカス人」から「平櫛田中像」「乞食老人像」「老人」などかなり見応えがある。他にも舟越保武、柳原義達、佐藤忠良、朝倉響子、木内克、佐藤忠良、砂澤ビッキ、本郷新、舟越桂など。中での生まれて初めて舟越保武の代表作の「原の城」を見せてくれたのがこの美術館。この作品を見た時、寒気がしたくらい圧倒された。
2階の常設展は胸像が多く緊張しました。ギョッとしましたが、フロアの半分は大きな展示物で心が解けました。建物は旭川市唯一の国指定重要文化財。ポルティコの隅にある小さな外階段と内部の階段が好きだなぁ。旭川駅から北へ6km程離れているので、駅でチャリを借り、常磐公園→旭橋→北鎮記念館→彫刻美術館→井上靖記念館→スタルヒン球場を4時間10分でジックリ見て回れました。常磐公園は、かなり好印象だったので長居してしまいました。
大正、昭和辺りを彷彿させる建物の外観に惹かれます。どこか札幌の豊平館に似てるような…作品は、教養がないので、ん~という感じですが、落ち着いてゆっくり鑑賞できました。
建物は1902年に陸軍の社交場(偕行社)として建てられたものを改修・転用したもので、国の重要文化財です。32歳で夭折した中原悌二郎のブロンズ彫刻は12作品しかないのですが、その全てを見られます。さらに、悌二郎に影響を受けた与えたロダン、萩原守衛の作品から、旭川市の「中原悌二郎賞」受賞作まで、近現代彫刻史を概観できます。受賞作は舟越保武・桂の(2024没)父子、澄川喜一(2023没)など具象から抽象まで多様です。隣接して井上靖記念館や公園(春光園)もある居心地の良い場所です。
国の重要文化財である、旧旭川偕行社(中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館)は、旧陸軍第七師団が旭川に設営された際に、将校クラブ施設として明治35年(1902)に建設されました。現在は中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館として使用されています。
白亜の素晴らしい建物、特に冬に映える姿。旭川美術館よりこちらがおすすめなのですが、難点が階段。旭川市の明治の陸軍の施設を改装した美術館、軍人さんの建物らしく階段の落差が並ではない、2階に上がるのが大変、常設展示が2階なのでエレベーターが欲しいです。奥には階段用斜行リフト有りますが「足腰弱い」程度では言いづらいでしょう。年配の方は二の足を踏むのでは?2階の常設展示が面白いのにもったいないですね、紹介ビデオもじっくり見てしまいました。旭川市長さん、建物が歴史的建造物なら外付けでエレベーターをお願いいたします。受付の奥に喫茶スペースが有りコーヒーを250円で頂けます。ボランティアの人たちらしい。
雪の中の偕行社、なんとも素晴らしい建物です!駅に近ければ、たくさんの人に見てもらえるのですが、旭川市民には、知らない方が多いです!
| 名前 |
中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館(旧旭川偕行社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0166-46-6277 |
| 営業時間 |
[金土日火水木] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
旧旭川偕行社。旭川駅からバスで訪問。軍都・旭川には旧日本軍の関連施設が多く残されており、どこも見ごたえがある。ここはいまは美術館として開放されている。