ビルの谷間で感じる歴史の息吹。
築土神社の特徴
平将門公を祀る由緒ある神社で、創建は940年です。
九段下駅から徒歩3分、ビルの間に位置する神社です。
狭間の立地ながら独特の趣や強さを感じる場所です。
築土神社(つくどじんじゃ)は、東京都千代田区九段北に鎮座する歴史ある神社です。平安時代の武将平将門(たいらのまさかど)を祀る神社として知られ、かつては神田明神、日枝神社とともに「江戸三社」の一つに数えられたほどの名社です。御祭神は、主神: 天津彦火邇々杵尊(ニニギノミコト)相殿: 平将門公、菅原道真公創建は、940年(天慶3年)。平将門が討たれた後、その首を密かに持ち帰り、現在の千代田区大手町付近(将門塚の近く)に祀った「津久戸明神」が始まりとされています。太田道灌によって江戸城の北西(現在の北の丸公園付近)へ移されたのを皮切りに、江戸時代を通じて牛込や筑土八幡町など各地を転々としました。1945年の東京大空襲で社殿を焼失。1954年に現在地(旧世継稲荷の境内)に遷座しました。1994年の改築により、オフィスビル(アイレックスビル)と一体化した非常に珍しい構造をしています。参道がビルの下を通る都会的な景観が特徴です。北の丸公園にある日本武道館の氏神としても有名で、武道や勝負事にご利益があるとされています。将門公の武勇にあやかった正月の「勝守」は、受験生やスポーツ選手に大変人気があります。境内に鎮座する末社で、徳川家光が参拝した際に「跡継ぎ」の祈願が成就したことからその名がついたと言われるパワースポットです。
九段下駅前の緩い坂道の通りにひっそりと佇む神社。周辺はオフィス街も前の通りが広いので、空気も良い気がしました!思わず立ち寄ってしまうような神社です!
靖国神社への通りの道を一本奥に入ったビルの谷間にあります。近くのロイホの横からも階段を登って行けそうでした(こちらは社殿の裏に出てくる感じです)。平将門の首の首桶が安置されていたとされている神社でビルの間にあるものの立派な社殿でした(昔は将門塚の付近にあったそうです)。奥の通路を行くと社務所がありお守りや書き置きの御朱印がいただけます。賽銭箱側にはおみくじ(100円)があります。
平将門の怨霊を鎮めるために建てられた神社。ビルの下を通っていくと、拝殿があります。ちょっとした千本鳥居やビー玉で埋めた手水鉢などがあります。タコとカメちゃんのフィギュアがかわいい。
940年(天慶3年)6月、江戸の津久戸村(現在の千代田区北の丸公園1-1 旧近衛師団司令部庁舎跡地付近)に塚を築き「津久戸明神」として創建されました。1478年6月、太田道灌公が江戸の守護として江戸城の乾(北西)に社殿を造営し、江戸の鎮守神として厚く信仰されていきました。その後、神社は数度にわたって移転を繰り返し、1552年田安郷(現:千代田区飯田橋)へ移転させられて以降は「田安明神」とも呼ばれ、1589年には飯田橋付近、1616年には江戸城の拡張工事により新宿区筑土八幡町へと遷り、その地名から「築土明神」と称されるようになります。明治7年(1874年)には、天津彦火邇邇杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を新たに祀り、社名を「築土神社」と改めました。しかし昭和20年(1945年)東京大空襲により社殿と社宝を全焼。1954年(昭和29年)、現在の九段中坂の途中にある世継稲荷境内地へ移転しました。1994年(平成6年)、境内地にオフィスビルを建設するとともに、鉄筋コンクリート造の社殿を新築。もと境内末社であった木津川天満宮から菅原道真公を合祀。現在は天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を主祭神とし、平将門、菅原道真を配祀します。ご神徳は、創建時の祭神・平将門に因み、武勇長久と菅原道真公に因み学業成就。毎年正月に授与される勝守は有名です。拝殿の装飾や絵馬などには、巴紋のほか平将門に因んだ繋ぎ馬の紋が使用されています。これは神社境内にある天水桶(文政元年)の彫刻を模したものです。表参道、裏参道があります。手水舎と狛犬は必見です。境内社には、世継稲荷神社があります。江戸幕府二代将軍「徳川秀忠」が社に参内し「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛したことからこの名前がついたそうです。御朱印書き置きであるとのことでしたが、社務所がわからず次回としました。
この界隈だと靖国神社が有名なので隠れがちですが、実際にお参りしてわかったのがビルの間にある立地からながら、確かな趣や強さが感じられた事だと思いました。この界隈の道に詳しく無いと入口がわかりにくいかもしれませんが、神社巡りや御朱印集めにご興味があればこちらもぜひ訪れて頂きたいなと思います。
令和6年7月19日参拝御朱印あり(書置き)祭神:天津彦火邇々杵尊、平将門公旧社格:村社天慶三年(940年)に平将門公の首を祀ったことが始まりとされる神社。
【由緒】天慶3年(940)。関東平定を一時は果たすも、藤原秀郷等に討たれ京都に晒し首にされていた平将門公の首を首桶に納めて持ち去り、武蔵国豊島郡上平河村津久戸(現・千代田区大手町周辺)の観音堂に祀って津久戸明神としたのがはじまりと言われています。江戸城築城後の文明10年(1478)には太田道灌が江戸城の乾(北西)に当社社殿を造営。以来、江戸城の鎮守神として厚く尊崇されています。【解説】東西線の九段下駅を降りてすぐの場所にある神社です。創建は平安時代に遡りますが、観音堂に祀った平将門の首が津久戸明神になるのは神仏習合がこの時代に息づいていた事が伺えます。江戸城周辺には平将門の首塚や神田明神など将門にちなむ史跡がありますが、首塚に伝わる伝説とは別に、築土神社側は首は超常的な力を発揮する事はなく、この近辺に埋葬された事になります。ただ、境内や建物を見る限りでは築土神社に首塚はありません。築土神社のホームページの将門伝説の項目を読むと、明治の国家神道により神社が明治政府に管理されるようになると、逆賊である将門を祀る事が憚られるようになったため、築土神社が将門との関係を言い出せるようになったのは戦後10年ほど経ってからなのだとか。このため、将門関連の史跡は隠されたか、戦前から戦中にかけて失われた可能性があるでしょう。社殿はコンクリート造りの物で、限られた敷地をビルと混在する形式で、都会的な印象を受けます。公式ページでは昭和初期に撮影された江戸時代後期に造営された鳥居と社殿の古写真を見る事が出来ます。
九段下駅から直ぐ。ビルの谷間にある立派な神社です。江戸城を作った太田道灌をまつり、江戸城の鎮守神社でもあるそうです。世継稲荷のご由緒は分かりません。
| 名前 |
築土神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
03-3261-3365 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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筑土神社にお伺いさせていただきました。東京メトロ東西線、半蔵門線、都営地下鉄新宿線の九段下駅から徒歩5分ぐらいです。創建は940年。以前は別の地にありましたが、何度か遷座されて1954年に現在の地に来られました。ビルの谷間にあるため少し分かりにくいかも知れませんが、かなりご立派な鳥居が目印になりますね。境内自体はビルの谷間ですのでこじんまりとしていますが、拝殿は大きくてご立派でした。奥には世継稲荷もありますのでご一緒に参拝を。社務所では書き置きの御朱印を拝受出来ます。