大隈庭園で出会う綾子像。
大隈綾子銅像の特徴
大隈庭園の奥に位置する銅像で存在感があります。
キャンパス唯一の女性銅像として格別な価値があります。
1927年の創立45周年に寄贈された歴史があります。
大隈庭園の奥にある銅像。
大隈重信公の写真や像は度々拝見しますが、ご婦人の像にお目にかかるのは初めて。大隈公の2番目の婦人で、気性の激しい賢婦人であったとのこと。像の衣装は、綾子が大正天皇即位の大典に参加した時の袴姿だそうです。昭和2年(1927)の建立。
大隈綾子銅像はキャンパス唯一の女性の銅像で、1927(昭和2)年の創立45周年にあたり、嗣子(しし)大隈信常氏より寄贈・建立されました。彫刻家・朝倉文夫作によって作られました。大隈 綾子は、大隈重信の2番目の妻。50年以上にわたって夫を助け、賢妻の誉れ高かった。江藤新作や小栗忠順の遺児である国子を育てたことでも知られています。旧姓は三枝。兄に小倉鉄道取締役を務めた三枝守富。従兄に小栗忠順がいます。HK朝ドラの「あさが来た」でも松坂慶子さんが大隈綾子を演じています。
| 名前 |
大隈綾子銅像 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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早稲田大学の創始者・大隈重信を支えた妻、大隈綾子夫人の銅像です。緑豊かな大隈庭園の片隅にある築山跡に、確かな存在感を放っています。御大礼での厳かな袴姿のその像は、キャンパス中央に立つ大隈総長像と同じく、近代彫刻の巨匠・朝倉文夫の手によるものです。実はこの像、かつて学内で建立場所を巡る議論が起きた末に、この庭園の地へ落ち着いたという歴史があります。凛と背筋を伸ばし、どこか遠くを見据えるような佇まいからは、ジャーナリストの宮武外骨が「男勝りな傑物」の一人として彼女を挙げた理由が、時を超えて伝わってくるようです。綾子夫人といえば、大隈家の家計や大学の財政面を差配した「理財の賢妻」のイメージが強いのですが、実はそれだけではありません。佐賀の乱を起こした江藤新平の遺児や、明治維新後に処断された小栗忠順の娘など、「逆臣」と呼ばれた志士たちの遺児を引き取り、我が子のように育て上げた慈母の側面もありました。今でも大隈庭園の片隅から芝生で寛ぐ学生たちを、温かく見守っているかのように見えます。早稲田大学キャンパスに立つ大隈重信像を訪れた際には、ぜひ大隈庭園まで足を延ばして、この激動の時代を共に生き抜いた夫人の物語にも触れてみてください。