月替わり御朱印と龍の森。
龍ケ崎鎮守 八坂神社の特徴
龍ヶ崎鎮守の八坂神社は1186年に創建されて、歴史ある神社です。
町中の中心に位置し、地元の生活に密着した神社と言えます。
壇上での撞舞儀式や多彩な御朱印が魅力的な巡礼スポットです。
2026.2.1.参拝この日は女化神社からコミュニティバスで移動。通常なら龍ヶ崎線・龍ヶ崎駅から徒歩でも近い。住宅地の中に少々窮屈そうに鎮座。参拝後、社務所で御朱印を頂こうとしたが、書入れは3月からとのこと。カラフルな書置きか、銀色のインクを使ったスタンプ(日付は同色の筆で書入れ)のみ。敢えて後者を選択。まぁ次は無いでしょう。何とも興醒めな話。気を取り直して次は蛟蝄神社へ。
龍ケ崎の鎮守で御祭神は建速須佐之男命と奇稲田姫命由緒ある神社龍ケ崎市内の町中で境内はこじんまりしている道路側に8台位駐車できる。
とても落ち着いた雰囲気の神社でした。境内はきれいに整えられていて、心が洗われるような時間を過ごせました。また参拝したいです。御朱印がとても素敵で、参拝の記念になりました。境内も美しく、写真を撮りたくなる場所です。
2026正月2日の午前10時過ぎ、八坂さんに恒例の初詣です。正面の駐車場は満車のため、裏手の広い駐車場を利用(無料)参拝者の列最後は手水舎を越えた辺り、正月の賑わいを肌で感じながら参拝、ここ十数年で神社の改装や社務所の新築、御朱印をはじめ色々な行事などなど、大きく様変わりしている印象です。神社運営をつかさどる神職さんの力量が、そのまま神社の存続に大きく影響しているのかもと考えたりします。その思いに微力ながら支援したい。歴史ある八坂神社にも御利益がありますようにと祈念しつつ、色鮮やかな御朱印を今年も拝受しました。鎮守猫「なぎちゃん」には遇えませんでしたが、猫が描かれた御朱印も大好きです。最後に気になったことです。拝殿横でお焚き上げを担当していた若い男性の所作が素晴らしかった。ひとつひとつ取り上げて、お焚き上げする物と市指定ごみ袋で廃棄する紙袋などを分別する姿に伝統が受け継がれていることに安堵しました。
関東鉄道竜ヶ崎駅から徒歩8分ほどの神社。(常磐線の龍ヶ崎市駅ではありません。そちらから歩くとかなりの距離があります)龍ヶ崎の旧市街地にある神社です。創建は文治2年(1186年)で源頼朝の家臣である下河辺政義が、龍ケ崎の開拓にあたり建立したとされています。御祭神はスサノオノミコトとクシナダヒメノミコトです。境内はそこまで広くないですが、よく整備されており、お参りしやすい環境が整えられています。本殿裏の大木も立派で神秘的な空間が広がっています。御朱印の種類が大変豊富で季節ごとに文字色が変わるカラフルな直書き御朱印や龍のイラスト入りの季節限定御朱印がいただけます。
御朱印拝受月毎の御朱印が数種ありました境内それ程広くはありませんが拝殿・本殿は中々拘りある造りで興味深い。
2019/11/23月々で御朱印の字の色が変わるそうです。また、それ以外にも通常の御朱印と、龍のスタンプの御朱印があります。2019年当時で300円でした。
龍ケ崎市内の商店街に溶け込む様に建立するこの神社は、直径2メトール高さ30メトールもある欅の木の御神木が見所で境内には『子授け安産逆子治しの石』があり、安産祈願に来られる妊婦さんがいらっしゃるのでは…御朱印も月毎の御朱印や浮かび文字の御朱印と複数頂けるので一度は参拝に行かれては?
街なかにある小さな神社です。神社の目の前に駐車場🅿️がありました。11月再訪手書きの御朱印を拝受するため再訪しました。御朱印の種類はたくさんありました。紅葉をイメージした赤色の御朱印を拝受しました。
| 名前 |
龍ケ崎鎮守 八坂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0297-62-6284 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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文治年間(1185~90)、常陸国南郡を領地としていた下河辺政義が龍ケ崎の開拓に当り、貝原塚村の八坂神社を勧請したとされる。天正5年(1577) 9月には、龍ヶ崎城主土岐胤倫が龍ヶ崎の開発と城下整備に伴って、根町から現在地の上町に社殿を遷して、龍ヶ崎の鎮守としたという。本殿やその他の建物は、元禄11年(1698)に再建されたが、正徳5年(1715) に火災に見舞われ炎上した。再建の起工に当り、享保元年(1716)に幕府の旗本として八代将軍徳川吉宗に仕え側衆の要職にあった旧領主の子孫土岐信濃守朝治が、自ら旧領を見舞い工匠を雇い、現在の本殿を指揮奉納したとされる。本殿は一間社流造、木羽葺の屋根で、石造の亀腹基壇の上に建っている。当社には、享保期の棟札が2枚残されている。1枚は享保元年9月吉祥日のもので、棟梁など職人名の記載はない。それに対して享保20年(1735)9月23日のものは「常陸国筑波住棟梁 関口喜平次 高嶋喜三郎」とあり、裏面に大工・木挽などの名前が記されている。前者が着工・後者が竣工時の棟札と考えられる。この棟札に彫物師の名は記されていないが、当時の信仰に裏付けられた側面や背面、さらに廻縁下の羽目板に至るまで浮彫された彫刻は、20年間という年数と多くの職人が参加した本殿がいかに手間を掛けたものかを物語っている。当社の歴史は、龍ケ崎の発展と深く結びついており、本殿の建築は棟札により大工名と建立年代が明らかになっていることからも極めて重要な建築物である。【現地案内板より抜粋】市街地に鎮座されているので、境内全体はそこまで広くありませんが、見所は満載です。駐車場あります。本殿の彫刻一つ一つに、中国の故事の解説もあり、社殿回り一周するだけでも楽しいです。