歴史を感じる桜並木、遊び場満載。
七兵衛公園の特徴
歴史ある公園で、ウォーキングの休憩にも最適です。
3本の大きな桜木があり、春には美しい景色が楽しめます。
子供の遊び場には遊具や藤棚が完備されています。
人知れず桜がきれいであった。
ウォーキングの途中で休憩するために利用しました。ベンチで座ってただけですが、近所(おそらく)女の子が楽しそうに遊んでました。
さほど大きくもない公園ですが、ある意味とても歴史ある場所です、いくつもの遊具、藤棚、3本の大きな桜木、勿論、トイレ、水道は完備。奥多摩方面へ向かうだったら是非ともここで一休みされるのが良いでしょう。
子供の遊び場には適したいます☺️
街道の側で環境がよくない。うるさい。
とくに普通の公園です!自治会の方がたが色々お掃除されたりしています。
2018年4月2日、青梅七福神巡り。明白院への途中に寄ってみました。江戸時代中期の義賊の七衞兵と言う生家後が公園になって、七衞兵の供養塔が建てられています。後で知ったのですが、近くに七衞兵地蔵尊があり、とても足が速い人物だった為、足腰が強くなる御利益があると言われ、スポーツ選手が祈願に参拝するそうです。宗建寺には、お墓がありこちらにも墓参りをする方々が多くいるそうです。
| 名前 |
七兵衛公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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中里介山の大菩薩峠にでてくる、義賊_裏宿七兵衛が広まったため、義賊としていわれるが、実際は貧しいもを助けるような義賊ではなかったようである。❷【参考 地図の友 1967年】中里介山の大菩薩峠にでてくる、義賊裏宿七兵衛の住居あとといわれ、供養塔などがある。この付近は江戸時代からしられた、青梅傘の産地で、市内の武州栃木県烏山の和紙をつかい、油の中に黄土をいれて濃黄色に仕上げる番傘がつくられ、戦後も生産されて各地に出荷したが、コウモリ傘が普及するにつれて、急速に衰えて今はほとんど見られないようになった。❸【参考 七兵衛の祟り 日本の首塚 1973年】七兵衛の祟り青梅には七兵衛処刑後以来、その屋敷や田畑を入手したものが、相次いで不運な目にあっている。中には頓死したりぶらぶら病になったりして、祟り説がみだれとぶようになった。寺で供養しても効果がないようで鎮まる気配は全くなかった。それでとうとう誰もその畑に手を出すものがなくなり、明治時代には裏宿区の共有財産になっていた。❶【参考 東京の民俗 1991年】馬頭観音 文化2年(1805年)馬頭観音の文字が刻まれている。庚申塔 青面金剛日月 宝永元年(1704年)の文字刻まれている。月侍塔 丸彫 勢至菩薩 寛政7年(1795年)の年号がある。