三好秀次の忠義を感じる。
長久手合戦史跡 木下勘解由塚の特徴
マンションの立ち並ぶ中にひっそり佇む歴史の塚です。
白山林の戦いでの木下兄弟の壮絶な物語を感じられます。
徳川別動隊に対抗した三好秀次の歴史を学べる場所です。
あまり知られていませんが、秀次公を逃がすために自分の馬を与えたとする忠義のお話。
長久手古戦場巡りでは一番西の史跡。藤が丘駅から徒歩15分。堀秀政本陣跡(図書館)から徒歩20分ほど離れてるので、ここまで来る人は少ないかも?藤が丘駅から往復して電車で長久手古戦場駅へ向かうという方法もありかな?馬《●▲●》助ヒヒーン♪
長久手古戦場で紹介されていて、行ってみました。もう少し大きな場所をイメージしていたので、行き過ごしてしまいました。主君を助けるために命を落としたのか。何とも言えないな。
マンションか立ち並ぶ住宅街に突如あらわれます。
白山林の戦いで徳川別動隊の奇襲を受け、命からがら徒歩でこの辺りまで逃れて来た三好秀次に馬を譲り、逃げる時間を稼ぎここで防戦して、討ち死にした木下兄弟の塚です。木下兄弟は秀吉の妻の親族衆?なのかよく分かりませんが、主君の為に命を捧げた木下兄弟にゆっくり手を合わせてきました。
マンションの前にあります。
2022年2月下旬に小牧・長久手の戦い関連史跡巡りで初めて行きました。徳川先遣隊に奇襲をくらい、総崩れに大将が馬を失い逃げている途中に木下兄弟に出会い、弟の木下勘解由が自分の馬を大将に譲り、逃がした後、兄の周防守利直ほか一族と共にこの地に留まり奮戦し討ち死にしたとのことここから東へ50mにあるパークスクエア藤が丘の入口横の築山に(兄の)「木下周防守戦死の地」の説明板のアルミプレートがあります。今回の訪問をきっかけに、ドラマを感じることができ良かったです。
長久手の戦いでの羽柴軍の総大将は、三好信吉(後の豊臣秀次)。 羽柴軍はこの戦いで敗れ、三好信吉も馬を失い徒歩で敗走しました。 この時、自分の馬を信吉に譲り、自らは討死したのが木下勘解由利匡です。
石碑のみですがこの存在をしらなかったので説明文を読み感動しました。
| 名前 |
長久手合戦史跡 木下勘解由塚 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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『小牧・長久手の戦い』で討死した木下利匡の塚。羽柴秀次に従い参陣したが、「白山林の戦い」で敗れ、自身の馬を秀次に譲り、徳川軍の追手と交戦するも討ち取られた。