地域密着型の信金神像!
小原鐵五郎寿像の特徴
信用金庫会館京橋別館に位置し、アクセスが良好です。
信用金庫の神様と称される彫刻が魅力です。
多くの人に親しまれる歴史的な存在感があります。
小原鐵五郎寿という方の像がありました。
このおっさん誰や?
信用金庫会館京橋別館の敷地内にある。休日は簡易な柵で敷地内に入れなくなるが、歩道からすぐの所にある為、撮影・見学はできる。(敷地内に入らなくても)信用金庫の発展に力を尽くした人。従三位勲一等瑞宝章 勲章までもらっている。
I think this person is the king of bankers or something, probably the founder of the 「信金中央金庫」。
信用金庫の神様です。
| 名前 |
小原鐵五郎寿像 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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「ミスター信金・信用金庫の神様とも呼ばれた人物を称える銅像」信用金庫とはざっくり言うと普通の銀行とは違い全国規模ではなく地域に住む人々や中小企業から預金を受け融資を行う、いわば地域密着型の利益よりも地域の発展のための銀行ともいうべきものである。小原鐵五郎(おはらてつごろう 1899~1989 )氏は東京都大崎出身の農家の生まれでした、1918年の米騒動を目の当たりにし「貧富の格差をなくし安定した社会を築き上げたい」との思いから「大崎信用組合」に入職、1945年8月10日の終戦間際に空襲により大きな被害を受けた東京城南地区の15の信用組合が合併し日本一の規模を誇る「城南信用組合」が発足され小原氏は専務理事に就任、終戦後は政財界と協力し信用金庫をより良くするため全国の信用金庫のための中央金融機関である「全国信用協同組合連合会(現:信金中央金庫)」の設立や信用金庫の為の法律「信用金庫法」の成立にも尽力しました。1956年には城南信用金庫3代目理事長に就任、1963年には信金中央金庫の会長となり、1966年には全国信用金庫協会会長に就任し全国の信用金庫の結束に尽力、また銀行がもし倒産した場合に預金を保護し預けていた人に損をさせない「預金保険法」の成立などにも携わりました。1987年11月1日全国信用金庫協会長名誉会長に就任した際に小原氏の過去の業績を称えてこの銅像は建てられました。1989年1月27日に享年89歳で生涯を終えました。自身の経験を元にした「小原哲学」なる語録が今も残されておりいくつかをあげると「貸すも親切、貸さぬも親切」「カードは麻薬」「貯蓄興国、借金亡国」「人の性は善なり」といった言葉があり中々タメになるお話でもあります。