江戸時代からの大根市場、京橋の歴史を感じて。
京橋大根河岸青物市場跡の碑の特徴
京橋川の水運を活用した青物市場の跡地です。
大根が集まる歴史ある市場の名残を感じられます。
江戸時代から270年間続いた市場の記念石碑が立っています。
築地に移転した中央卸売市場に昭和10(1935)年に移転した。
だいぶ読みにくくはあるのですが、普段何も考えずに生活をしていると何の知識もえずに時間ばかりが過ぎていくので、こんな街中でも「へぇー」と何かしらの学びを得ることは大切。江戸時代初期に京橋の青物市場への入荷が多かった大根にちなんで京橋大根河岸市場と呼ばれたそうです。そんな由来がかかれている碑は中央通りにあります。ちょうど上に高速道路が走っている場所。実はいつも通っているのだが、この一角は少し開けていて何だかなぁくらいの認識で何年も過ごしていました。目まぐるしく世界が変わっている毎日だからこそ、もう変わらない過去の歴史についてはしっかり脳裏に焼き付けて過ごしたいと思う今日この頃。
なんで大根なんだろうと思っていました。
昔、この場所には川が流れており、大根屋と竹屋が立ち並んでいました。後に青物市場が築地になるまで、大根屋で栄えていました。
1664年(寛文4年)に京橋川の水運を利用して、京橋の北詰西側に野菜の売り場が設けられました。この青物市場には大根の入荷が多かったため、「京橋大根河岸市場」と呼ばれ、明治になってからは「京橋青物食物河岸」と呼ばれました。明治の終わりには規模が広がり、青物・菓物のほか、魚類・乾物も扱うようになりました。大正時代には、問屋68軒、仲買105名に達しましたが、1935年(昭和10年)に築地の東京卸売市場と合併、移転しました。この「京橋大根河岸青物市場跡」の碑は1959年(昭和34年)に関係者により建てられたそうです。
昔、大根がいっぱい集まる市場があったらしいです。
ここに川があって河岸があったとは知りませんでした。ちょっと黄色が目立ちます。
大根がたくさん集まる市場ということが名前の由来とのこと。歴史のある市場の跡です。
大根がたくさん集まる市場ということが名前の由来とのこと。歴史のある市場の跡です。
| 名前 |
京橋大根河岸青物市場跡の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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中央区観光協会の説明によれば、「京橋から紺屋橋にかけての京橋川河岸は江戸時代から大根を中心とした野菜の荷揚げ市場で、江戸八百八町の住民たちに新鮮な野菜を提供していました。別名「大根河岸」とも呼ばれ、明治、大正と続き、関東大震災(大正12年9月1日)まで続いていました。震災以後、区画整理や都市再編成で大根市場は野菜市場となって、神田、築地へと移り今日に至っています。昔を偲んで、京橋大根河岸青物市場跡の記念碑が建てられました。」とのことです。