甲州街道の道標を見逃すな!
小島一里塚跡の特徴
見落としやすい場所に位置する歴史的な一里塚跡です。
昔の旅人の旅の目安として重要な道標が残されています。
柵で囲まれた神秘的な雰囲気を楽しめる史跡です。
徳川により整備された五街道の1つである甲州街道。日本橋から下諏訪宿まで44次、53里24町、総距離211.3㎞。街道には1里(約3.93㎞)毎に一里塚が作られ、広葉樹が植えられ、旅人の休憩場所でもあった。ここは、甲州街道、日本橋より6番目の一里塚が作られていた場所であり、樹齢200年の榎が植えられていたそうですが、現在は石碑が残るのみとの事です。甲州街道には史跡が少ないようですので、甲州街道を歩かれている方は是非見つけてください。私は見つけられませんでした(T_T)。
気をつけないと見落としてしまう。こちらは調布市指定旧跡。甲州街道は江戸幕府直轄の五街道の一つで江戸の日本橋を起点に甲府を経て信州の下諏訪宿で中仙道に合流する。幕府は主な街道の両側に一里ごとに塚を築き塚の上には松や榎を植えて街道を整備した。小島町の一里塚は日本橋から六里目の塚でここには近年まで樹齢200年をこえるエノキが残っていたが危険防止のために取り除かれた。現在は跡地に石碑が建っています。
気をつけないと見落としてしまう。こちらは調布市指定旧跡。以下引用甲州街道は江戸幕府直轄の五街道の一つで江戸の日本橋を起点に甲府を経て信州の下諏訪宿で中仙道に合流します。幕府は主な街道の両側に一里ごとに塚を築き塚の上には松や榎を植えて街道を整備しました。小島町の一里塚は日本橋から六里目の塚でここには近年まで樹齢200年をこえるエノキが残っていましたが危険防止のために取り除かれました。現在は跡地に石碑が建っています。
せっかくの道標べの跡なんですが、柵で囲まれる。気を使ってくれたら良かったけどお金もかかるからやむを得ないのかな。
一里塚とは昔の旅人の旅の目安。
名前 |
小島一里塚跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
http://www.city.chofu.tokyo.jp/www/contents/1176118968575/index.html |
評価 |
2.8 |
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甲州街道 日本橋から6番目の一里塚跡 遺構は何もなし。