古墳時代の謎を解く、当宗神社の魅力。
当宗神社の特徴
古墳時代からの歴史を持つ式内小社の神社です。
渡来人が住み着いた跡を感じられる場所です。
大阪府羽曳野市の歴史的スポットです。
式内小社です。
とにかく古い話で、古墳時代に渡来人が来て住み着いたんだってことはわかりました。以下、解説板より。「当宗神社の祭神は、現在は素戔嗚命 (すさのおのみこと)であるが、当初は中部朝鮮の楽浪郡から渡来した「当宗忌寸(まさむねのいみき)」祖神である「山陽公」を祭っていたようである。「当宗忌寸」の子孫には、宇多天皇の祖母が歴史上現れている。その旧地は、方生川(碓井川)と東高野街道(京街道)との交差点の北東に8平方メートルほど残存している。」
| 名前 |
当宗神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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当宗神社(まさむねじんじゃ)。大阪府羽曳野市誉田。式内社(並大)三座、旧無格社。誉田八幡宮境内社。【祭神】素盞鳴命【関係氏族】当宗直(ととむのあたい、当宗氏(ととむじ)の祖)当初は中部朝鮮の楽浪郡から渡来した“當宗忌寸(とうしゅうのいみき)”の祖神である山陽公を祀っていたようである。延喜式には三座とあり、一座は山陽公としても残る二座は不詳。「當宗忌寸」については、古代に日本へ渡来した漢系渡来氏族で、中国後漢の皇帝の後裔とされています。資料によると、応神天皇の陵の南に位置する誉田八幡宮の本殿に向かって右手に境内摂社として小祠が鎮座する。もとは誉田八幡の東100m程の所で、かつて当宗垣内と呼ばれていた場所にあつた。この当地は景行天皇の皇子で成務天皇の弟である五百城入彦命一族の土地であるとともに、五世紀頃の楽浪郡からの渡来人である当宗直一族の居住地であったとしている。往昔は勅使参向して神事を行ない崇敬厚かつた。しかし中世になつて社運衰退し、明治神祇制度に無格社となった。明治40年11月16日、誉田神社(現誉田八幡宮)に合祀。祭神三座とあるが当宗忌寸の祖神の3座なのか不詳、祭神名も不詳。とあります。