聖徳太子ご母堂の地、穴太神社。
穴太神社の特徴
聖徳太子の生母に由来する神社で、交通の要所に位置しています。
古代の有力氏族・穴太氏の祖先を祀る神社です。
穴太神社と半九郎稲荷神社は同一敷地内にあり、参拝のついでに訪れられます。
御朱印は無さそうな感じでした。ガレージがわからなかったので、神社の中へ停めさせて頂きました。お稲荷さんの鳥居⛩️が神秘的でした。
聖徳太子御母堂生誕の地穴太(あのう)の地名は各地有れど。河内の地、千眼寺廃寺跡でもある、
聖徳太子の生母に由来する神社は水運、交通の要所に鎮座する謎の神社、此処には安康天皇(穴穂皇子)の為に設定された「穴穂部」の集落が有り聖徳太子の生母で有る所の間人穴穂部皇后が成人した場所でも有るとされている、主祭神は天照皇大御神、住吉四座大神、春日四座大神、創建年は不明。
古代の有力氏族の穴太氏の祖先を祀ってるみたいです。大津にも穴太という地名がありますが、関連性はあるのでしょう。
穴太神社と半九郎稲荷神社は同一敷地内に有ります!神社の保全樹木良いネ🤠
おおさか十三仏巡りで、常光寺さん、教興寺さん、を参拝した際に、近くに八尾神社と穴太神社の存在を知り、ついでと言ったら申し訳ありませんが、お参りして御朱印を頂きました。ひっそりと厳かに街中に溶け込んだ雰囲気で、鎮座されていました。漢字の読み方を知らなかったのですが、穴と太で、『あのう』と読みます。
ここのキツネ様は半九郎狐と言い、生駒山に住む神様の所まで何度もお使いをした事からご褒美で片方が団子を片方はお使いの巻物を咥えていると言う事らしいです。昔からこの辺りに住む年寄りは皆知ってる言い伝えだと教えてもらいました。穴太神社は何十年も宮司がおらず穴太村の役場で管理されていたらしいのですが新しい宮司を迎えようという話になり迎えたのが当時の八尾天満宮の宮司の息子(弟さんの方)だと聞きました。その時にそれまであったお堂(?)を立て直したのが現在の建物らしいです。
【穴太神社】(あのうじんじゃ)・【廃千眼寺跡】(はいせんがんじあと )/八尾市当地域は安康天皇の設けられた穴穂部の地、聖徳太子の生母間人穴太部皇后の成人の地といわれる。当社は古代氏族穴太氏の一族の祖紳を祭る産土神で、境内に残る寺跡はその氏寺であつたと考えられる。同寺は河内鑑名所記、和漢三才図会に名刹千眼寺として紹介されている。この社の付近一帯はそのむかし大集落の繁栄がうかがわれこれまで奈良時代から室町にかけて住居跡の埋没が確認され 昭和五六年の調査では多くの遺物が発掘されている。住所:大阪府八尾市宮町1丁目アクセス:近鉄「八尾」駅から徒歩約15分。
1615年5月6日、藤堂高虎の軍はこの辺りで長曾我部盛親の軍と激突している。翌日、高虎は戦線参加を自ら辞退しなければならなかった程の激戦だったのである。今はこの神社からも、八尾市内からも歴史の痕跡は消えつつある。散在する巨石だけが印象に残る神社だ。
| 名前 |
穴太神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
072-996-8667 |
| HP |
https://osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai6shibu/yao-city/06048anohojinja.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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八尾市の住宅街にあるので、駐車場はありません。人が多い神社よりもやはり静かな神社の方が落ち着きます。境内にある稲荷神社では鳥居が伏見稲荷神社のように幾つも連なっていて、こちらだけ別世界のような雰囲気でした。鳥居を抜けた後の感覚は今でも残っています。御朱印は社務所のインターフォンを押すと出てきてくださり、300円で購入が可能です。あまり人が出入りしている神社ではないので、基本的には社務所は閉まっていることが多いです。