星野山と秋葉山常夜燈、歴史の旅へ!
行明寺の特徴
曹洞宗の寺院で、山号は星野山という歴史的背景が魅力です。
豊川放水路近くのぎょうめいはしからのアクセスが便利です。
早朝の史跡見学や秋葉山常夜燈探索が楽しめる環境が整っています。
案内看板の内容を載せておきます星野行明・星野一閑・星野日向守 略記三河国豊川の辺 日吉野と云う処へ天より星くだりて或女に契りたこめ月日を歴て男子を出生す其名を喜黄丸と名付て成長して星野行明と名のり広く仁徳を施し其地に一城を築城以で住居し遠近其徳になつきしとなり喜黄丸いまだ幼年の時父の化人壱の宝面を譲りあたえ我が面影を思び出さは其面を見よと云残して天に上り給(?)となん依って其処に一社を営み右の宝面を神林として星野大明神と崇む是則今の行明村の氏神なり其母も程なく世を去りたまひけるが 其墓の側に茶の樹生ひしげりで片えの葉を結びけれは片葉茶園と称して世の人みな尋ねる処なり 今にいたりて星野の子孫片茶の茶を紋所となせるも夫由緒なり 又一寺を建立して星野山行明と号し然して北境の辺を星野の庄といし 其所を行明村といへり 九十五代後醍醐天皇の御時にいたり武略を盛んにし星野庄を領し 南帝に御加勢申奉りぬ 其後今川駿府守氏親に属し 子孫星野一閑と称す 三河十七騎の一人となり其の嫡子星野日向守は当国之産 爾来 武田信玄公に奉仕して天正三亥年五月二十一日 三州長篠合戦にて討ち死す 其の星野日向守は 星野山行明寺を再建した開基 「霊鷲院殿星野行明大居土」で牌所と墓所 菩提寺なり星野山行明寺 三世 現往 斯道賢殼代 再建之。
曹洞宗の寺院で、山号は星野山です。星野日向守の開基、菩提寺となっています。星野日向守とは境内の略図によると、「天より星下りて、或女に契りをこめ月日を歴て男子を出生」その男子が星野行明です。行明の子孫に星野一閑がいて今川氏親に属し東三河十七騎に数えられるほどの武士でした。その一閑の子が日向守です。日向守は「武田信玄に奉仕して天正三亥年五月二十一日、三州長篠合戦にて討死」となりました。行明の幼少期に「父の化人」(化人\u003d霊)から「宝面」を譲り受け、それを神躰として祀ったのが行明村の氏神である星野大明神です。星野大明神は現在、行明神社境内に祀られています。また、行明城は星野氏の居城でした。この辺りを星野の庄と言い、行明村と言います。(2025/05/10)
早朝の史跡・秋葉山常夜燈探索で訪れ、豊川から豊川放水路側へ分岐した下流に掛かる「ぎょうめいはし」右岸堤防袂に所在するのを確認しました。山門に「曹洞宗」「左三つ巴家紋 星野日向守 開基菩提寺 星野山 行明寺」と寺号表札が掲げられた星野日向守の菩提寺であるとの事です。寺名は「ぎょうめいじ」、星野日向守(ほしのひゅうがのかみ)は鎌倉時代に当地を納めており、未訪ですが近くに行明城址、行明大明神(行明神社)等があります。
星野日向守 行明城。
| 名前 |
行明寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0533-86-8837 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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