日立の文化遺産、共楽館へ!
日立武道館(国登録有形文化財 旧 共楽館)の特徴
1917年に竣工した重要文化財で、町の文化遺産です。
日立鉱山の福利厚生施設として建設され、歴史を感じる空間です。
大正時代の歌舞伎座を参考にした、左右対称の美しい建物です。
日立武道館(旧共楽館:国登録有形文化財)は、JR日立駅の北西3.1kmほどの茨城県日立市白銀町にあります。大正6年(1917年)日立鉱山の従業員とその家族、および地域住民のための福利厚生・娯楽施設として建設されました。当時は関東以北で最大級の娯楽施設であり、東京の歌舞伎座を模した本格的な回り舞台や花道を完備していました。歌舞伎や歌謡ショー、演劇などが連日上演され、地域の文化拠点として非常に賑わいました。昭和20年代からは映画専用館となり、昭和41年(1966年)の閉館まで市民に親しまれました。昭和42年(1967年)に日立市へ寄贈され、内部を改修して「日立武道館」へと生まれ変わりました。木造建築に工場建築の技法が取り入れられた独特の構造で、平成11年(1999年)には国の登録有形文化財に指定されました。現在も武道場として現役で使用されており、日立の近代産業史を象徴する貴重な遺産となっています。
国指定登録有形文化財です。
戦災桜をみにいきました。建造物の中も案外してもらいました。日立鉱山が栄えていた頃に建てられたそうです。震災前に耐震工事を終えていたので、貴重な施設が今も存在していることを嬉しく思います。
■2025/2/23(日) 10:20来館今日は、ひたち大煙突フェスティバル2025🌟良心的な値段の出店を楽しみました🌟・あさりラーメン700円・けんちん蕎麦600円・五目御飯300円・煮物200円■2024/6/22(土) 12:50来館名前と簡単な住所を記載すれば無料で見学できる有形文化財施設🎵一度に入館して見学できるのは5名までとしているらしい。この館も良かったが、何よりもこの周辺一体の民家、大煙突、山々など、風情があって良かった🎵
令和6年2月25日に開催された「第2回大煙突フェスティバル」に行ってきました共楽館ではコンサートや寄席、和太鼓演奏などが行われ、展示ブースでは雛人形などが彩りよく飾られていました🎎ホコ天となった通りではキッチンカーなどが集まり賑わいをみせてました!お目当ては「おおみかアートプロジェクト」さんが提供して下さった「大煙突ピザ窯」で焼かれる鉱石ピザ🍕菱マンガン鉱なるマルゲリータを頂きましたが、めちゃ美味しかった😋焙煎所諏訪ひまわりさんのコーヒーとめちゃくちゃ合いました☕※共楽館(現日立武道館)とは、地元の企業日立鉱山の福利厚生施設として創建された劇場です。従業員やその家族の施設でしたが、地域住民の文化体験や子供の学芸会にも利用され多くの人に親しまれる存在でした。内部には歌舞伎の上演もできる本格的な回り舞台や花道、客席などを備え、一流の芸能人による演劇・歌謡ショーなどもたびたび催されました。テレビがまだ普及していなかった時代に、共楽館は都市部の文化を日立に伝える役割を果たしていました。昭和41年の閉館まで映画館としても多くの市民に利用されていました。(共楽館を考える集いHPより抜粋)
ここは日立にとって重要な意味を持つ。また,企業経営とはなんぞやという問いについての重要な鍵となる施設です。維持に金がかかる、なくしてしまえという声があったり、永六輔らによる保存運動があったり、複雑です。ここの思想は、確実に残す必要がある。資料集めまくって動画やウェブサイト作ったほうがいい。
現在は市の武道場として活用されていますが、元々は1917年に日立鉱山の福利厚生施設(劇場)として造られ、歌舞伎や歌謡ショーなどが上演された、町の文化遺産として価値がある施設です。開館時間内なら、受付で記帳することで無料で見学することができます。2階(エレベーターなし)の展示室にかつて劇場として使われていた頃の写真が展示されていて往時をしのぶことができます。
1917年竣工で築105年目を迎える建物。現在は武道館として現用保存されています。設計者は不明ですが1911年当時改装された歌舞伎座の影響を色濃く出ています。
現在は日立市の柔道・剣道場。かつては「共楽館」という、日立鉱山が従業員の福利厚生の為に建てたもの。国の有形文化財。風格があります。
| 名前 |
日立武道館(国登録有形文化財 旧 共楽館) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0294-22-0361 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~21:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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日立武道館(国登録有形文化財 旧 共楽館)に来た。日立武道館は、東京の歌舞伎座や帝劇を参考に大正6年、日立鉱山が作った。建坪338坪。建物は左右対称での2階建てで、正面には唐破風の屋根を持つ階段室、本館の棟には鬼板を乗せ屋根の左右には千鳥破風を据えた大型木造建築です。国の有形文化財に登録されている。日立鉱山の従業員だけではなく地域住民の憩い場だった共楽館。歌舞伎、大相撲、映画、講演会、展覧会などあらゆる催しものが行われていたそうだ。大正から昭和30年代まで日立の文化の中心的存在だったが、昭和42年に市に寄贈されてからは、日立武道館として使用されてる。娘が中学校の時に柔道の大会がありこちらを訪問自転車で走るときは時々訪問している。