歴史深き上野原城跡の稲荷神社。
稲荷神社(上野原城跡)の特徴
歴史有る建造物で、地域に根付くお稲荷さまです。
地元の氏神さまとして信仰される神社です。
上野原市の中心に位置し、観光の拠点にも最適です。
山梨県上野原市に有ります「上野原城跡(稲荷神社)」です。城跡と言っても遺構は何も無く説明看板が有るだけで、尚且つ今は稲荷神社になっています。まぁ…この辺りに有りましたよと言う…歴史ヲタク向けの史跡です。上野原城についてザクっと説明すると、築城年は不明ですが、平安時代の末期に横山党という武士団から枝分かれした一族、古郡氏の古郡忠重という武将が最初に築城したとの事です。古郡氏は現在の上野原市辺りら大月市辺りまでを支配したらしいですね。しかしながら横山党古郡氏は鎌倉時代の「和田合戦」で和田氏に与した為に、和田氏と共に鎌倉北条氏に滅ぼされました。(「和田合戦」は「鎌倉殿の13人」でお馴染みの愛されキャラ和田義盛の乱です)時代は下がり、その後は加藤景長という武将が在城主となりました。上野原•加藤氏は戦国時代には武田氏の家臣で武田氏と共に滅びています。こちらは自然の要害に恵まれ、山城を構えるには良い立地だったようですね。何度も言いますが…本当に小さな稲荷神社が有るだけです。歴史ヲタクの方のみ是非どうぞ(笑)自分は目と鼻の先の旨いラーメン店の訪問と合わせてサクッと見学しました。尚、駐車場などは有りません。近隣の方に迷惑の無い様に広い場所に車は止め見学しましょう。参考まで。
稲荷神社になっています。看板はあるので歴史を知ることはできます。小さい頃からの思い出の地です。
上野原城は武蔵七党の古郡氏が築いた城であり、戦国の時代には、都留郡上野原の国衆で、武田氏の家臣・加藤氏が入城したが天正10年(1582年)3月に武田勝頼が織田信長に敗れ、天目山の戦いで窮地に陥った際には、加藤信景は主君救援のため、駆けつけようとしたが、武蔵国箱根ヶ崎において相模国の北条氏政に敗れて加藤氏は滅亡した、現在は中央自動車道の工事に伴い遺構は無く住宅地に稲荷神社が有るだけです、駐車場は無いので近くに路駐しました(あくまでも自己責任になります)
現在は稲荷神社になっています。
中央道建設の為に破壊されてしまいました。
歴史有る建造物ですね‼️
地元の氏神さまのお稲荷さまです。穏やかで優しいお婆ちゃんのような神様です。
| 名前 |
稲荷神社(上野原城跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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稲荷神社しかない。