堀川を見守る福島正則像の夜景。
福島正則像の特徴
福島正則公の銅像が設置されたばかりで、美しさが際立っています。
散歩途中に寄れる歴史的スポットとして人気が高まっています。
銅像の存在に気づかなかった人々に新たな発見を提供しています。
慶長15年(1610年)、名古屋城築城の際に行なわれた堀川開削普請の総奉行、福島正則の銅像が堀川の畔に建てられています。
2025.05.26栄に向かって歩いているときに発見しました。
名古屋のまちを作った福島正則です。歴史を感じることができます。
福島正則像愛知県名古屋市中区栄1丁目1福島正則の銅像が建っている場所の隣は、名古屋市でも有名な堀川が流れています。この堀川を掘ったのが福島正則なんです。堀川は、徳川家康が1610年に名古屋城を築く時、福島正則に命じて掘らせた川で、名古屋城の外堀の役割だった川なのです。平時は、名古屋城や城下町に物資を運ぶ船が通った川、当時の名古屋の経済発展を担った水運の川です。自発的ではないかもしれませんが堀川を掘った福島正則は、言い換えれば名古屋の発展の礎となった人物とも言えます。
立派な像で、納屋橋付近の夜景に映えていました!
堀川を作った人らしい。昭和の終わり頃に比べれば、堀川は劇的にきれいになり、この辺りも整備されて街が明るくなりました。
夜に来ましたが,雰囲気のある場所でした.
☆こんなところにあま市出身の戦国武将「福島正則」の銅像だ、「堀川」開削の惣奉行、2018年4月建立『堀川を見守る福島正則公』⁉️☆「徳川家康」号令の元、天下普請の「名古屋城」築城、熱田湾から名古屋台地西側まで約6㎞を開削、慶長15年(1610年)着工し突貫工事で翌年6月頃に完工、上流部は三之丸の「巾下門」前まで朝日橋の堀留まで、現在は「堀川堀留の碑」があります❗️☆名古屋城建築の資材運搬に引っ越しに活用、その後の名古屋城下の繁栄に大きく寄与、堀川沿いには藩の米蔵や色々な問屋が並び城下町発展😄
朝の散歩で寄りました。落ち着いた良い雰囲気です。
| 名前 |
福島正則像 |
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| ジャンル |
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| HP |
https://www.horikawa-lions.com/katudou/act-0197-cn15-douzou.htm |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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福島正則は、豊臣秀吉に仕えた武将で、賤ヶ岳の7本槍の一番槍として知られています。関ヶ原の戦いでは、徳川軍に味方し、その後広島城主となった人物です。秀吉の死後徳川家康に接近して戦功を上げ、戦後は広島城主となったものの、幕府の許可なく城を改修したことで改易されています。主な功績・実績⦿秀吉の幼少期から仕え、賤ヶ岳の戦いで功を立てる。秀吉の従兄弟にあたり、幼少期から秀吉に仕えていました。賤ヶ岳の戦いでは、一番槍の殊勲を挙げ、『賤ヶ岳の七本槍』の1人として数えられています。⦿関ヶ原の戦いで徳川軍に味方秀吉の死後は石田三成と対立し、関ヶ原の戦いでは東軍(徳川方)の勝利に貢献しました。⦿広島城主となる関ヶ原の戦いでの功績により、広島城主となります。⦿改易元和5年(1619年)に幕府に無届けで城を改修したことが原因で城と領地を没収される(改易)されました。