坂本龍馬ゆかりの土佐藩邸跡。
土佐藩邸跡の特徴
土佐藩邸跡は坂本龍馬翁に縁の地で興味深いスポットです。
歴史を感じる石碑と案内板が当時の面影を伝えています。
桜の名所としても知られ、春の訪れを楽しめる立地です。
街中に看板があるだけです。通りがかかりに見る分には良いですがわざわざ移動してまで見る程ではないという感想です。
土佐藩の後藤象二郎の家からほんの少し歩いたところが、土佐藩邸です🐭江戸時代のお話です。しかし「この付近」というざっくり案内。この石碑の対岸に高瀬川の説明がありました。この看板によると二本の橋が別名「土佐橋」とされてることから、この狭間(絵のビルっぽい長方形)が土佐藩邸だったのかなと予想してます…🤔脱藩浪士だった中岡慎太郎や坂本龍馬が、あんまり出入りするところでは無い気もします。が、脱藩を許された後なら行き来した…かな?幕末の土佐藩士たちゆかりの地です💖
藩邸跡の駒札(立て看板)の写真の奥に4人ほどの人々が写り込んだのでそれを削除したため風情のない一枚となった。写真の撮影日時は2025.08.29(金)20:18、合掌。
SnowManのYouTubeの聖地巡礼で訪問しました。2025年3月初旬、日曜日、昼、雨。高瀬川沿いを、散策しました。錦市場、南座、先斗町の近くです。石碑や看板が多く、ブラブラとあるいてるだけで、色々な歴史的なものに出会えます。
このあたりを歩いていると、幕末を感じる坂本龍馬ゆかりの石碑がゴロゴロ出てきます。特に四条河原町の『坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地 』から稲荷の図子を通り、蛸薬師通の『岬神社』で参拝をして、木屋町へ向かうと高瀬川にかかる橋の近くの『土佐藩邸跡』へも、僅か数分で回ることもできます。桜が見頃の春に歩くのはまた一段と素敵だと思います。
土佐藩邸と坂本龍馬翁が襲われた場所は目と鼻の先です。歴史のIFを感じます。
ここにあの土佐藩邸があったかと思うとそれだけでワクワクします。
近くに武市半平太とか龍馬の隠れ家とか、その当時に思いを馳せる場所の一つです。田舎の日本史好きとしては興奮。
かつて土佐藩の藩邸があったことを示す石碑と駒札があるのみ。ただ、高瀬川のすぐそばにあったということは高瀬川から伏見を経て大坂に通じていたわけで、そこからは海を通して土佐にもつながる。物流だけじゃなく人や情報のためにここに藩邸を?など想像が広がる。
| 名前 |
土佐藩邸跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/na083.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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土佐藩邸跡龍馬の寓居跡でしばらく余韻に浸ったあと、そのまま祇園の細い路地を抜けて次に向かったのが 「土佐藩邸跡」。龍馬が身を置いていた“土佐”の痕跡が、今も京都の街中にひっそり残っている場所。途中で見かけた「鴨川をどり」の劇場や、祇園らしい狭い石畳の小道。朝の仕込みをしてる料理人さんや、お店の前を掃除する人の姿。この“生活の気配”がたまらんのよ。なんか当時の人たちの息遣いまで聞こえそうで、歩いてるだけで物語に没入してまう。到着した土佐藩邸跡の石碑は、紅葉しかけの木に守られるように立っていて、ちょっとだけ湿った空気と合わさって妙に風情がある。案内板を読むと、ここがどれほど重要な場所やったかが分かって、「龍馬も、ここを拠点にいろんな決断をしてたんやな…」って胸にじんとくる。藩邸があったのは祇園のすぐそば花街と武士の世界が隣り合わせって、京都ならではの景色よね。今は静かな小川と街路樹が揺れるだけやけど、この地に“時代のうねり”があったことを想像すると鳥肌立つ。龍馬スポットを朝から2つ巡っただけで、もう旅の濃度がえぐい。やっぱりこういう史跡は、自分の足で歩いて見に行くのが1番やなぁ。