三田台公園で縄文の営み発見。
伊皿子貝塚の特徴
三田台公園内に展示される縄文時代の貝塚が感動的です。
常設展示施設で過去の生活を再現していて興味深いです。
発掘された遺物は白金の郷土博物館で観覧できます。
この辺りは高輪、三田の高台ですが、昔はその東は直ぐに海だったのだな、と分かります。「港」区と言うのも頷けます。芝海老(芝えび)というのは、この辺り芝で獲れるエビだからです。縄文時代もこの辺りが高台で陸地で貝塚があったのですね!伊皿子貝塚の復元の模型もあったりして楽しめます。
公園の端にひっそりと貝塚断面と縄文生活を再現したものや竪穴式住居跡などある。
公園内に縄文時代からの地層(貝の層)が断面として展示されています。伊皿子がかつて海岸線だったということ、そして同じ場所に時代を超えて人が生活していたことを感じさせます。貝の他にウニと思われる殻が混じっていて、かつてはここで天然物を食べることが出来たのかと思うと羨ましい。
三田台公園内にあります。貝塚そのものはNTTビル建設のため壊されてしましたが、約1年半の発掘調査が行われ、遺跡の一部が剥離保存されています。当時の住居内の生活も実物大で再現されています。
移籍でなかに模型があります。
伊皿子貝塚は斜面貝塚とされる。伊皿子貝塚の大きさは,江戸以降に撹拌された形跡があったため,正確な全体像は不明。それでも,発掘された残存域は351平方メートルに及んでいるとのこと。実際は,この倍はあったと推定されている。考古学者 鈴木公雄の調査よると,貝塚内の貝の構成は,ハイガイが全体の46.6%を占め,次いでマガキが27.6%を占めていたそうである。また,ハイガイとマガキの層が互い違いに積み重なっていたため,当時の人々は,それぞれの適季である 春夏にハイガイを食べ,秋冬にマガキを食べていたものと想像されるとのこと。なお,現在ハイガイは,日本に殆ど生息していない南方の貝であるため,縄文当時の海水温が今よりも高かったことを示している。発掘調査より,奈良平安時代の墓・集落跡が縄文時代の遺跡の上に連なっていたことから,この台地上に人が住み続けていたことが了解される。またこのことから,港区では正式に「伊皿子貝塚遺跡」と呼称している(Google map上では,「伊皿子貝塚」と表示されているものの,)。
三田台公園の中に「伊皿子貝塚」があります。貝塚は完全に破壊され消滅することになったため、当時最新の技術であった強力な接着剤で貝層断面を固めて剥離する「接状剥離法」をもって貝層の一部を保存することとなりました。この剥離保存された貝層が貝塚近くの三田台公園内に移された。
夜でも展示が見れます。
普通の公園かと思ったら縄文時代の遺跡があって感動しました。大昔は海が近かったのですね!
| 名前 |
伊皿子貝塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-6450-2107 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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公園の管理はあまりという感じです。貝塚の説明もあります。竪穴式住居の説明はボタンを押せば聞こえますが中は暗くて見えにくいです。