江戸城の歴史、牛込見附の石垣。
牛込見附跡の特徴
江戸城外郭門の一部で、歴史を感じる立派な石垣が残る場所です。
都会のど真ん中にありながら、江戸の情緒に浸れる貴重なスポットです。
現存する数少ない江戸城の見附があり、歴史の説明書きも整備されています。
牛込門跡JR飯田橋駅から徒歩一分。神楽坂や牛込門。飯田橋のこの界隈は、大人の街って感じで大好きな訳です。(2025年3月8日訪問)
テレビでは見たことがあり、初めて本物を見ました。実はみていたのですが、意識してなかったです。
飯田橋駅の近く、牛込橋そば。上州道に通じる江戸城外郭門の一つ。重厚な石積みが見事です。
江戸城外郭門の ひとつである牛込見の一部です。 江戸城 の外部門は、敵の進入を発見し、防ぐため に「見謝」 と呼ばれ、足元の図のようにふ たつの門を直角に配置した 「桝形門」とい 形式をとっています。この牛込見附は、 外堀が完成した寛永13 年(1636)、 阿波徳島藩主蜂須賀忠英(松 平阿波守) によって石垣が建設されました。これを示すように、石垣の一部に「松平阿 守」と刻まれた石が発見され、向い側の石 の脇に保存されています。江戸時代の牛込見附は、田安門を起点と する 「上州道」の出口といった交通の拠点であり、周辺には楓が植えられ、 秋の 紅葉時にはとても見事であったといわれて います。その後、 明治35年に石垣の大部分が織 去されましたが、 現在でも道 路を挟んだ両側の石垣や橋台の石垣が残さ れています。 この見附は、江戸城外の 見の中でも、最も良く当時の面影を残し ています。
牛込見附(うしごめみつけ)— 江戸城を守った外郭防衛の要所 🏯牛込見附は、江戸時代に整備された江戸城外郭防衛線の一部で、城下町への出入口を監視・警備するために設けられた36か所の「見附」のひとつです。見附は単なる門ではなく、敵の侵入を抑止し、通行人を厳しく管理するための軍事的拠点でした。牛込見附は、現在の牛込橋(外堀通り)付近、外堀に面した要衝に位置し、甲州街道から江戸城中心部へ至る重要な動線を押さえる役割を果たしていました。この道は、現在でも日本武道館、靖国神社、皇居方面へと続く主要ルートであり、江戸時代には多くの大名行列や武士たちが往来した場所です。特に牛込見附は、神楽坂に近い立地であったことから、武士たちにとって馴染み深い門でもありました。神楽坂は江戸後期から明治期にかけて発展した花街で、料亭や芸者屋、茶屋が立ち並ぶ城下町有数の歓楽・文化エリアでした。武士や上級町人たちは、牛込見附を通って神楽坂へ足を運び、日常の緊張から解放される時間を過ごしていたと考えられています。現在、門や櫓そのものは失われていますが、現地には重厚な石垣の基壇部分が良好な状態で残されており、往時の防衛施設の規模と重要性を今に伝えています。石垣の配置や高低差からは、外堀と連動した堅牢な防御構造を読み取ることができます。都市化が進んだ現在でも、牛込見附は江戸城防衛網の痕跡を静かに伝える史跡として価値が高く、神楽坂散策や外堀沿いの歴史探訪の立ち寄り地点としておすすめの場所です。📍 東京都新宿区・牛込見附跡Ushigome Mitsuke — A Key Edo-Period Guard Post at the Edge of Kagurazaka 🏯Ushigome Mitsuke was one of the 36 mitsuke guard posts established during the Edo period to protect Edo Castle from potential threats. These mitsuke were not simple gates but heavily fortified checkpoints designed to control movement, monitor travelers, and serve as the outer defensive line of the shogunate’s capital.Strategically located near today’s Ushigome Bridge, Ushigome Mitsuke guarded an important approach route leading toward the heart of Edo. This road still connects key landmarks such as the Nippon Budokan, Yasukuni Shrine, and the Imperial Palace, reflecting its long-standing importance as a central corridor into the city.Its proximity to Kagurazaka gave Ushigome Mitsuke a unique character. Kagurazaka developed into a lively entertainment and cultural district, especially from the late Edo period onward, known for its geisha houses, ryōtei restaurants, and teahouses. Many samurai and members of the upper classes would have passed through Ushigome Mitsuke on their way to enjoy food, performance, and social life in the area—making the gate a daily threshold between duty and leisure.Although the gate structures themselves no longer survive, the substantial stone foundations remain clearly visible today. These remnants offer valuable insight into the scale and engineering of Edo-period defensive architecture, particularly how stone walls and moats worked together to form a formidable barrier.Today, Ushigome Mitsuke stands as a quiet but meaningful historical landmark—an ideal stop for anyone exploring Kagurazaka or tracing the outer defenses of Edo Castle and the layered history of Tokyo.📍 Ushigome Mitsuke Ruins, Shinjuku City, Tokyo
JR飯田橋駅西口出て直ぐ江戸城牛込門の石垣後。
JR側は蔦で覆われているが、線路沿いまで石垣が残っている。江戸時代の遺構がしっかりと残っているのを見ることが出来るのは貴重である。
立派な石垣が残る。初めて近づいてみたが、なるほどー!
JR飯田橋駅西口を出て右側に史跡の案内板あります。駅を出て信号を渡って直ぐの所に城壁の後があり、圧巻。散歩するにはおすすめです。江戸城 牛込見附跡になります。綺麗に積み上げられていて、技術力の高さに感動しました。
| 名前 |
牛込見附跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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立派な石垣が残されている。