空閑な境内で眺める春秋の祭。
白鳥八幡宮の特徴
白鳥八幡宮は天文3年に創立された歴史ある神社です。
境内には天満宮や稲荷神社、大杉神社などの社が点在しています。
広々とした境内からは田園風景が広がり、爽やかな空気が感じられます。
【参考 八幡宮 下野神社沿革誌】八幡宮 村社社伝 いわく本社創立は天文3年11月15日にして 海老沼勘觸由の勧請なり。(今の社掌_海老沼庄兵衛の祖先にして毎年春秋の小祭は該家一人にて祭典を執行せり)[鎮座地] 行井村大字白鳥[祭神] 誉田別命[例祭日] 正月11日[社殿および] 本殿 拝殿 鳥居 石灯籠2基。
忘れて二回目の訪問。
| 名前 |
白鳥八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-tochigi/jsearch3tochigi.php?jinjya=75638 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
白鳥八幡宮(しらとりはちまんぐう)御祭神 譽田別命境内社 天満宮 稲荷神社 大杉神社 八坂神社由緒明治三十六年(1903)の記載下都賀郡生井村大字白鳥鎭座 村社八幡宮 祭神譽田別命社傳に曰く本社創立は天文三年(1534)十一月十五日にして海老沼勘解由の勸請なり(今の社掌海老沼庄兵衛の祖先にして毎年春秋の小祭は該家一人にて祭典を執行せり)維新前は本村善福寺にて別當職にて奉祀なりしも海老沼氏健元なり故に明治四十二年(1909)中氏子村民より推撰せられて社掌とはなりぬ社域三百四十八坪境内平地にして四方洋々たる田甫を望み空闊淸風塵懐自ら洗ふか如し(「下野神社沿革誌」参照)天文三年(1534)一月十一日創立、山城国男山八幡宮から勧請しました。一説には、藤岡町部屋の八幡様の神像を村人達が巴波川に流したのを、アゲ(カ)ップチから引き上げて祀ったとも伝えています。例祭を日の出祭りといい、氏子を六つの祭組に分け、頭屋を中心に宵祭り・若水取り・三献の儀・練行列・鬼面射弓の神事・頭屋引き継ぎ式などの儀を行ないます。(「栃木県神社誌」参照)小山市指定無形民俗文化財「白鳥八幡宮古式祭礼」毎年旧暦の一月十一日に行われる古式豊かな例祭です。白鳥地区内の六組が毎年交代でその執行にあたり、栃木県内でも数少ない「頭屋制」の名残をとどめる貴重な祭りです。祭礼が行われる旧暦の一月十一日は、御神体が巴波川から引き上げられた日だと伝えられています。祭りは、近くを流れる巴波川の通称アカップチでの深夜の若水汲みから始まり、その水で赤飯を炊き、神への供物とします。日の出を合図に当番組の宿(頭屋の家)から供え物を持った行列が八幡宮に向かうことから「日の出祭り」とも呼ばれています。一行が神社に到着し、社殿で神事を行った後、鳥居に吊るされた鬼の面をウツギの木で作られた弓矢で射ます。これは鬼、すなわち悪霊を、年の初めに予め神前で追い払うことによって、その年の悪霊が村へ入るのを防ごうとする行事だといわれています。(小山市教育委員会設置「境内案内板」参照)「白鳥八幡宮と日の出祭り」白鳥の八幡宮は、部屋村と白鳥村の境を流れる巴波川に、天文三年(1534)寒い冬の深夜ホカイに入った御神体が流れ着いたといわれています。当時この神社では、三月に春祭、十月に例祭、十一月に秋祭り、旧暦六月に神輿祭りがありました。八幡宮のお祭りは「日の出祭り」が特に有名で、白鳥の誇れる伝統的なお祭りで、十六世紀中頃から行われたといわれています。御神体を川岸から上げ、神社に祀ったと言われる例祭の当日丑の刻(午前二時頃)提灯と真新しい手桶を持って旧巴波川のアカップチに若水を汲みに行きます。この若水を用いて男たちが赤飯を炊き、神様にお供えしたといわれています日の出を合図に、供物を持った行列が八幡宮へ向けて出発します。行列では、組の代表が神へ供える三つの膳をささげ持ちます。一の膳、二の膳には赤飯と豆腐・鮒二匹、三の膳には甘酒と清酒が各一升と決められています。神社で神事が行われた後、白鳥祭り組の祭主頭屋「一の膳」、六年目に頭屋宿主になる人の「二の膳」、十二年目に頭屋宿主になる人の「三の膳」をささげ持った人が、ウツギで作った弓で、大きな鬼面の的に矢を射ます。氏子総代三人祭り組の一の膳、二の膳、三の膳の三人、白鳥区長及び協議員七人が清酒、甘酒、赤飯、キンピラゴボウ、エビ大根、ネギヌタ、いも汁を神様にお供えして、一年の豊作と白鳥の皆の健康をお祈りしています。(「境内奉納額」参照)