結城城址近くの静かな聰敏神社⛩️
聰敏神社の特徴
結城城跡公園近くにひっそり佇む聰敏神社です。
徳川家康の従兄弟を祀る歴史深い神社です。
桜の見ごろに訪れると静かで美しい神社です。
結城城址の隣にある神社。
御祭神は水野勝成公。配祀として崇徳天皇・誉田別命。勝成公は備後国福山藩初代藩主であり、あまりにも文武両道の名君であったため、死後に福山において「聡敏明神」(公が聡明で俊敏であったため)として祀られた。旧・結城氏18代結城(徳川)秀康が越前北ノ庄に転封となった後、結城は幕府直轄領となったが、元禄13(1700)年に6代水野勝長が入封し結城水野家が成立(なお、福山藩の水野氏は嫡子がいなかったため廃絶)。文化13(1816)年に12代水野勝愛が、福山の聡敏明神の御分霊を勧請し当社を創建す。明治6年村社列格、同40年供進指定。城跡歴史公園(かつての広大な結城城の北東、ごくごく一部分にすぎませんが)西側に鎮座まします。
【聰敏神社】結城城跡公園のそばでひっそりと佇む神社⛩️お賽銭入れて願い事して来ました😁(2023.4.9)
徳川家康の従兄弟を祀った神社だそうです。
こちらも静かで、きれいな神社です。結城は歴史ある街だから神社、仏閣がたくさんです。
こちらも静かで、きれいな神社です。結城は歴史ある街だから神社、仏閣がたくさんです。
取り立てて目立つものはない神社です。
聰敏、素晴らしいネーミング!
御朱印は健田須賀神社でいただけるようです。-------------------------------結城藩藩主となった水野家の初代、水野日向守勝成公を祭神として祀る神社です。水野勝成公は徳川幕府成立時期の武功によって元和六年、備前福山(現在の広島県福山市)十万石に封ぜられました。当時としては稀に見る長寿だった勝成公は行年八十八歳で他界、後備後福山の発展に尽力した生前の業績を偲び聰敏神社大明神と称されました。ちなみに「聰敏」とは勝成公を「聡明・俊敏」と称えて命名されたものです。その後、福山藩水野家は廃絶となりますが下総結城に一万八千石で再封され、先祖を祀るために福山聰敏神社から分霊され建立されました。現在の福山聰敏神社は福山八幡宮内の境内社として福山八幡宮の拝殿の裏手に鎮座しています。
| 名前 |
聰敏神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鳥居前のスペースに駐車可能。結城城址にある無人の小さな神社。祭神は水野勝成。高天神城の戦いから小牧長久手まで徳川の様々な戦いに参陣しながらも出奔、仙石・佐々・黒田・小西・加藤・立花・三村と主家を目まぐるしく変えた人物。後に徳川に帰参し島原の乱の頃まで活躍した。子孫が結城藩主となったので福山の聡敏神社からここに勧請された。