徳川将軍家墓所、荘厳な静寂。
徳川将軍家墓所の特徴
増上寺徳川将軍家墓所は、歴代将軍や藩主が埋葬される重要な霊廟です。
厳かな佇まいが訪れる者の心を引き締める、特別な場所です。
1300年以上の歴史を持つ善成寺の影響を感じられる貴重な所です。
大変厳かな場所です。灯篭に刻まれた武将の名前が確認出来ることもすごい。また宮家と徳川家の家紋の違いもそれぞれにあり、細部まで勉強になりました。
20251026増上寺に埋葬された将軍は二代目の秀忠を筆頭に6人。皇女和宮もいらっしゃるなど歴史の1ページをみた思い。ただ、もともとの埋葬場所はみなバラバラで、太平洋戦争の空襲で丸焼けになったことをきっかけにして、ここに集めたと聞いて、墓所としての価値が少し低い気がした。ただ、こうした、歴史建造物の保護にはお金はかかるから、それはそれとして、みた人が費用を負担するのは当然かなと思った。
旧徳川家霊廟は戦災にて焼失してしまったため、土葬されていた遺体は発掘調査され、再度、荼毘に付されて、ここ徳川将軍家墓所に埋葬されています。この徳川将軍家墓所には、6人の将軍、5人の御台所を含め、38名の方が祀られています。夫婦ともどもお墓があるのは、14代家茂とその御台所 静寛院(和宮)、同じ墓塔に一緒なのは、徳川秀忠公とお江の方という不思議な組み合わせです。「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」に登場する人物は、「将軍生母側室合祀宝塔」に祀られている島津の姫君であった「11代将軍家斉夫人 広大院」だけなので、ちょっと意外です。とは言え、「10代将軍 家治公」の父である「9代 家重公」、「一橋治済公」の孫、「12代将軍 家斉公」の息子である「12代 家慶公」といった関連する方々はおられるので、色々と感慨深くお参りできる場所です。
浄土宗 大本山 三縁山広度院 増上寺なぜ徳川将軍家の菩提寺は「芝の増上寺」と「上野の寛永寺」の2つあるのかなぜ十四代将軍の正室 静寛院宮の墓は 歴代将軍たちと同じ並びにあるのかなぜ三代将軍家光以降の将軍は全員側室の子なのかなぜ最後の将軍 慶喜の墓は菩提寺ではなく谷中霊園なのかお墓の配置とサイズから 徳川将軍家160年間における朝廷との関わりや 各時代の財政状況が見えてくるおよそ1時間にもわたって解説してくださったボランティアガイドさんには感謝しかないツツジが満開!気持ちいい散歩だった2025-04-26
徳川家将軍の墓所は、戦前墓所、本殿、拝殿からなり厳粛かつ荘厳でいずれも国宝に指定されていました。その後、東京大空襲で大半を焼失しました。現在ご霊廟は焼け残った旧国宝「鋳抜門」を移転しました。その他の施設と合わせ、その荘厳さは日光東照宮と並び評された数少ない遺構です。墓所には二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十六代家茂公の六人の将軍とその正室、(家茂公正室和宮)か祀られています。
増上寺本殿の奥の静かな場所に青銅製の立派な鋳抜門があり、その奥に墓所があります。鋳抜門の両側には昇り龍と下り龍が描かれています。拝観料500円を払うと徳川家の家紋入りの小さなクリアファイルを貰って見学できます。ここには、15代続いた徳川将軍のうち、2代目秀忠、6代目家宣、7代目家継、9代目家重、12代目家慶、14代目家茂の6人の将軍の他、将軍家の夫人達が埋葬されています。元々徳川家霊廟は、現在の増上寺大殿の南北に建ち並ぶ壮麗なものであったそうですが、戦禍で焼失し、発掘された土葬の遺体は綿密な調査が行われた後、荼毘にふされ現墓所に改葬されたとのことです。徳川将軍家の墓は、初代将軍家康公の日光東照宮(3代目家光は日光輪王寺)、ここ増上寺の他に上野の寛永寺、谷中霊園に分かれています。ボランティアの方が色々と解説してくれるという口コミも見ましたが、自分が訪れた時は誰もおらず、徳川家の墓所がどうして分かれたのか、増上寺の墓所は石造りのものと青銅製のものが混在しているのはどうしてかと分からず仕舞いでした。また時間がある時にでもゆっくり訪問したいと思います。
拝観料500円で、クリアファイルと御朱印がいただけました。東京大空襲で御霊屋群は焼失し、学術調査後荼毘に付され、まとめて改葬されたそうです。ガイドさんがかつての写真を見せながらお話くださいます。秀忠公とお江の方はなぜ1つの宝塔なのか、和宮様の宝塔はなぜ青銅製なのかなど興味深かったです。家茂公と和宮様の宝塔が睦まじく並んでるのを見て、胸が熱くなりました。期待以上でした。
増上寺境内の安国殿裏側にある徳川幕府の歴代将軍の墓所。元々は増上寺隣にある現在のプリンスホテルの敷地内に旧徳川家霊廟がありましたが空襲で建物が焼失してしまい現在の場所に墓所が造られました。焼失を免れた一部の門などは現在もプリンスホテル敷地内にあります。歴代将軍は主に上野の寛永寺とここ増上寺に埋葬されていて増上寺の墓所には二代将軍徳川秀忠、六代将軍家宣、七代将軍家継、九代将軍家重、十二代将軍家慶、十四代将軍家茂、他に歴代将軍の御台所や側室、子女の計38人が埋葬されています。有名なのは孝明天皇の妹で徳川家茂の御台所となった静寛院宮(和宮)のお墓でしょうか。歴代将軍の墓前に手を合わせられることは歴史好きとしてこの上ない経験です。拝観料は500円。高校生以下は無料なので若い方達にも来てほしいです。受付では台徳院殿(二代将軍徳川秀忠)と和宮(十四代将軍徳川家茂の御台所)の御朱印を頂くことが出来ます。
増上寺境内にある徳川家霊廟。徳川将軍15代の内、秀忠・家宣・家継・家重・家慶・家茂の6名が葬られています。かつては台徳院(秀忠)霊廟、崇徳院(秀忠夫人)霊廟、文昭院(家宣)霊廟、有章院(家継)霊廟がありましたが、東京大空襲で焼失しました。日光東照宮に劣らぬ壮大な霊廟であったそうです。戦争が未来に残すべき貴重な文化財を奪った悲劇です。ここに入るのは有料です。大きなお寺にひっそりと佇む霊廟に眠る将軍たちにひっそりと手を合わせました。
| 名前 |
徳川将軍家墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金月水木] 11:00~15:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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徳川将軍家の菩提寺は、寛永寺・増上寺・日光輪王寺にあります。御霊廟は、墓所・本殿・拝殿を中心とした多くの施設からなり、江戸時代の華麗な建築技術・意匠の粋を集めた建築群として当時の最高技術が駆使された厳粛かつ壮麗なもので国宝に指定されていましたが、1945年(昭和20年)の空襲でほとんどの建物を焼失。その後南北に配していた墓所は1か所にまとめられ現在地に改葬されました。増上寺に埋葬されているのは、2代秀忠・6代家宣・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂の6人の将軍と崇源院(2代秀忠公夫人)、皇女和宮(14代家茂公夫人)ら5人の正室。3代家光の側室桂昌院(5代綱吉公実母)はじめ5人の側室と3代家光第三子甲府宰相綱重、その他歴代将軍の子女が合祀墓にお祀りされています。見どころは、和宮様の宝塔です。公武合体の象徴で江戸に降嫁されました。遺言により夫君家茂公と並んで祀られました。家茂公が石塔なのに対し、和宮様の宝塔は青銅製であり、皇女様でいらしたので徳川のご紋と菊のご紋に囲まれています。江戸城無血開城や徳川家存続に力を尽くされたお方です。