平家の落人が創建した神社。
戸畑恵美須神社の特徴
戸畑渡場の近くに位置する、歴史深い神社です。
平家の落人が祀った飛幡の浦の伝説があります。
西大山笠の神社として地域の大事な存在です。
渡船場そばの小さい神社。敷地に御乗船地碑がある。
戸畑恵美須神社は、JR戸畑駅の北800mほどの北九州市戸畑区北島旗町に鎮座している神社です。旧社格は無格社です。寿永元年(1182年)平家の一門が壇ノ浦の合戦に敗れ、落ちのびた平家の残党が「飛幡の浦」に隠れ住み、漁業を営んでいましたが、地付きの人々と相談して、出雲国美保ノ関の美保神社より、「事代主命(えびす様)」を勧請して創建されました。鳥居は、明治39年(1906年)の建立です。毎年7月に開催される『戸畑祇園山笠(ユネスコ無形文化遺産・国指定重要民俗無形文化財)』では、「西大山笠宿」となります。戸畑祇園山笠は、福岡県夏の三大祭り(博多祇園山笠・小倉祇園山笠)の一つとして「提灯山」の愛称で広く親しまれている、飛幡八幡宮、菅原神社、中原八幡宮の三社の夏祭りです。享和3年(1803年)須賀大神に疫病退散を祈願した際、御神徳により平癒したため、山笠をつくり祝ったことから始まったといわれています。天籟寺は戸畑の枝村だったため、戸畑と同時に始められたと考えられ、中原は隣村であり、いろいろ交流もあったのでほぼ同時期か数年遅れではじめられたと考えられています。その特徴は、昼の幟山笠が夜になると提灯山笠に姿替えすることです。幟山笠は高さ1.8mの台上に勾欄付きの台座をすえ、紅幟、白幟各6本を左右交互に立て、正面に前花、背面に見送り、台上にてまりこを飾ります。山笠台はフジカズラの根で締め付け、水引幕、切幕、前掛幕をかけます。見送りと幕類は武者絵などの図柄を金糸銀糸で刺繍した豪華なもので、現在、国庫補助等を活用して、幕類の復元新調が順次行われています。提灯山笠は幟山笠の装飾をすべて取り払い、台上に高さ約4mの四本柱を固定し、この上に5段57個の提灯をつけた角錐型の先端部を一気に担ぎ上げます。続いて順次、12段に309個の提灯を飾りますが、この形態の提灯山笠としては日本最大規模(総高約10m)です。6月下旬から祭礼の準備として、宿開き、道具調べがあり、ついで獅子舞(大祓い)の行事、カズラ取り、山笠組み立て、ならしがきを済ませ、祭礼の日が来ると、神移し-大下り-お汐井汲み-地域内巡行-大上り-神納めの順で行事が行われます。祇󠄀園囃子は、行事にあわせて、獅子舞、居神楽、大下り、おおたろうばやし、大上りの5種類がありますが、各山笠により違いがあります。祭りは、7月の第4土曜日をはさむ前後3日間で、中日の夕刻から戸畑区役所前、浅生一号公園周辺で、戸畑祇󠄀園大山笠競演会が行われます。須賀大神が、旧戸畑村の八幡神社(東大山笠・西大山笠)と菅原神社(天籟寺大山笠)、旧中原村の中原八幡宮(中原大山笠)に祭られていた関係で、4基の山笠が伝統を守っています。駅名にもなっている「戸畑(とばた)」という地名は、岬門の端にあるので「門端」というの意味です。奈良時代には「飛幡浦」あるいは「鳥旗」と記されています。 天平宝字2年(758年)に書かれた万葉集の中には「飛幡」と記されています。室町時代、筑前国御牧(みまき)郡麻生庄に「戸幡」とあり、「戸端」「都波多」「鳥羽田村」とも記されました。江戸時代には福岡藩に属し、「戸畑村」と称し、漁業と農業が産業でした。河ば島(かばしま:中の島)、六朗島(ろくろうじま)、鼠島(ねずみじま)、葛島(かつらじま)、都島、俵子島(たわらこじま)、松ケ島(まつがしま)、ハタカ島などの島がありましたが、産業の発展とともに、海岸の埋め立てによって陸地になったり、洞海湾の航路拡張などで取り除かれてしまい、現在はその姿をみることはできません。これらの島の名前は、公園の名前などで残っているものもあります。遠賀郡(おんがぐん)戸畑村は、明治22年(1889年) 中原村と合併して、改めて戸畑村が発足しました。明治32年(1899年)戸畑村が町制施行して戸畑町となりました。大正13年(1924年)戸畑町が市制施行して戸畑市となりました。昭和38年(1963年)戸畑市・小倉市・八幡市・門司市・若松市が合併して、北九州市が発足しました。エビス神は七福神の中で唯一、日本出身の神です。エビスはイザナギ、イザナミの神が生んだ蛭子(兵庫県西宮神社)や、大国主命の子である事代主命(出雲の三保神社)が元であると言われますが、より古くは海の果てから渡来する海神(戎えびす、夷えぴす)ではないかと思われます。釣竿を持ち鯛を抱える狩衣姿は漁師姿であり、現在も漁師にとっては航海の守り神であると同時に、大漁を呼ぶ福神です。
案内板によると、中世の壇之浦の戦いの後、落人となった平家の残党が飛幡の浦に隠れて漁師となり、その後、出雲よりヱビス様を勧進して祀った、とある。地域ネコが住み着いていて仲良く遊んでいた。ほっこりする小さな神社。
平家の落人が創建した神社だそうでその影響なのかどうかこじんまりしているけど厳かというより気品が感じられる神社です。
北九州市営渡船の戸畑渡場に近い場所にある小ぢんまりとした神社⛩です😃歴史はとても古く、平家壇ノ浦の合戦の頃にまで遡るそうです。
戸畑渡場のそばにある小さな神社です。境内に見えるのは公園で駐車場はありません。ここは戸畑祇園山笠の西大山笠の宿です。祀られているのは事代主(恵比寿様)。平家の落人がこの地に住み、後に出雲の美保神社から勧請したそうです。ただ祇園祭の須賀大神はいません。なので西大山笠は飛幡八幡宮で神事を行うのでしょう。かつて飛幡八幡宮はすぐ近くに建っていたのですから。公園には大正天皇が皇太子時代にこの地から船に乗り、開業間近の官営八幡製鐵所を視察した事を記念する碑があります。昔、戸畑駅は北口だけで、この通りは昭和の時代まで店も多く、渡場へ向かう人や職工さん船乗りさんなどでとても賑やかでした。今はとても静か。公園では猫が日向ぼっこしてました。
西大山笠の神社ですからね、散歩中でも、神社の前では頭を深く下げますし、天籟寺大山笠も、お汐くみに行く時は神社の前でお囃子を叩きますから、とても大事な神社ですからね‼️
若戸大橋のたもとに有ります。神社の由来寿永の昔(1182年)平家の一門が壇ノ浦の合戦に敗れ、落ちのびた平家の残党が飛幡の浦に隠れ住み、漁業を営んでいましたが、地付きの人々と相談して、出雲国美保ノ関の美保神社より、事代主命(えびす様)を勧請し奉祀したお社です。昔から800年間祀り継いだ由緒深い戸畑の氏神様です。小さなお社ですが、地域の私達で大切に祀り継いでゆきましょう。(境内 案内板より)御祭神・事代主大神(えびす様)小さな神社ですが地元に愛されているのだと思います。参拝の後、神社の前に有る公園で若戸大橋を暫く見ていました。
美保関の分社と聞いて親近感。
| 名前 |
戸畑恵美須神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
093-882-7572 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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JR戸畑駅と戸畑渡船場の間にある恵比須さん地域の皆さまが大切にされている感じが綺麗な境内からわかる素敵な神社です。猫さんが数匹みかけました。