江戸時代から続く、最高の佃煮体験。
佃煮 天安本店の特徴
江戸後期の天保8年から続く老舗の佃煮屋です。
うなぎの佃煮は多少値が張るが実に満足感を得られます。
店内は佃煮の醤油の香りが漂い、温かな雰囲気が魅力的です。
【再投稿】2024年5月訪問元祖の佃煮!イナゴの佃煮(780円)を購入しました。店員のマダム達が親切に佃煮のことについて教えていただきました。イナゴの佃煮は初体験でしたが、小さい海老のような食感でした!甘じょっぱくてご飯に合って美味しかったです!
あみ生あみエビ貝ひもわかさぎかつお角煮アサリ全部100gづつ頂きました家でお粥に入れて食べたらイヤー美味しい😋美味しい😋最高です何百年続くはずです久しぶりに感動しましたーこれからも通います。
創業が、天保八年の老舗佃煮屋。 木造の店舗は趣があります。 種類も豊富で選ぶのに迷ってしまいます。 3~5種類入ったパックは、組み合わせの変更ができないそうでしたので、定番のアサリと店お勧めの昆布に小女子を100gづつ買いました。 さすが老舗だけあり、味も満足。
佃煮 天安本店です。創業天保八年の超老舗です。今度買いに行きます。
風情のある店舗。中も昔ながらの雰囲気で、ショーケースが懐かしい。昆布は甘めの味付けでしっとりとした歯応えがあり美味。
こちらは天保14年(1843年)創業こちらも佃に現存する佃煮の老舗の3軒の中の1軒ですね。接客は昔のままの家族的でほっこりした感じ。板の間で正座して接客されています。売り場は板の間の帳場という雰囲気のままでした。対面で一つ一つその場で量り売りという昔のままのスタイルでした。こちらの佃煮でつかわれてるお醤油は300年ほどの歴史がある千葉県産の「澪つくし」を使っているそうです。澪つくしの入正醤油は享保9年(1724年)創業ですね。今回は4種類購入しました。天安の佃煮は美味しかったです。あっという間になくなってしまいました。天安の佃煮は江戸時代から手土産として珍重されていたようです。
佃で思い出すのは、伝統的な江戸庶民の味、佃煮です。知人から佃煮をいただいたのが、こちら佃にある天保八年創業の老舗佃煮店、天安さんでした。佃にある佃煮のお店のなかでも有名です。外観からして、老舗感たっぷりで、趣があります。店の近くを通るだけで、醤油の煮詰めた匂いにそそられます。子供の頃はあまり食べなかった佃煮ですが、いただいて食べた時、これが本物の佃煮なのか、なんと美味しい、箸が自然と進む、ご飯が止まらない美味しさに感動しました。それからは、ご近所さんということもあり、自宅用、家族へのお土産、友人への手土産と利用させてもらっています。お土産、手土産には定番の3品詰め合わせか5種盛りを、自宅用にはあみかあさりを買います。温かいご飯に、この程よい塩味、上品な甘さの佃煮を乗せて食べると軽く2〜3杯はいけます。本場の佃煮は違いますね。
隣に佃煮屋さんが連なります。店前は甘じょっぱいいい匂いがします。前に路駐して買いに来る方がちらほらいます。価格はちょっとだけ違うようです。100gから買えます。売っている商品はお隣さんと変わりません。
佃島の佃煮を味わいたく月島へやってきました。お目当てのたらこもゲットし店内ではお姉様方が笑顔で迎えて頂きました。この笑顔で控えめなパンはいかが?声でつい購入させて頂いた「葉唐辛子の佃煮とクルミパン」見た目と異なり中はしっとり佃煮はこれまた控え目で後にホワッと香る。通常パンより少しお高いので考えますが。とても美味しかったです。
| 名前 |
佃煮 天安本店 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3531-3457 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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美味しくてお米一升炊いちゃいましたよ🍚🫛これ豆知識なっ🫛佃の地名と佃煮の物語り一五八二年(天正十年六月二日) 明智光秀が本能寺に織田信長を襲った。信長の盟友家康の一行は、わずかな手勢で堺にいた。光秀がほうっておくわけがないと察知した家康は、急ぎ三河への脱出行動を開始した。三河とは逆の方向、大阪、兵庫の海辺へと急いだ。神崎川にさしかかった時、船がなく困っていた一行に素早く手持船や漁船を集めてきたのが、摂津国佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁民であった。献身的な働きは家康にとって生涯忘れることの出来ないものとなった。それ以来、家康と佃村の漁民との繋がりが深くなった。慶長八年(一六〇三年) 家康が江戸幕府を開いた時、佃村の漁民三十三名を江戸に呼び、石川島に近い島を居住地として与え、故郷の佃村に因み「佃島」と名付けた。彼らはこの地で白魚などの漁をしながら江戸城内の台所をまかなうことで漁業権を与えられた。離れ小島であるため時化(シケ) どきにお菜に事欠き、また漁期には腐らない副食物が必要なところから、湾内で獲った小魚類を塩辛く煮込んで保存食を作ることを考えた。其後、千葉より醤油が渡り塩煮より醤油煮にかわり佃島で作られたので佃煮と命名され江戸市中に売り出した。以来百八十年有余つくだに一筋、古いのれんに新しい味覚を加えて造り、新鮮な原料を吟味して最高の調味料を使って造ったつくだにでございます。天安の商号誕生は天保八年に創業致し初代が安吉と申し天保年間の天と安吉の安をとり天安と商号を命名致しました。