スポンサードリンク
スポンサードリンク
名前 |
妙亀塚公園 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
5.0 |
かつてこの近くには総泉寺という大きな寺があった。大正12年 (1923年) の関東大震災で被災、昭和になって板橋へ移転してしまったが、平安時代の人買物語、吉田少将惟房の子 (梅若丸) と美濃国野上の長者の一人娘、母 (花子) の哀話、梅若伝説と関係のある寺だ。総泉寺の南側には京の都から子を探し求めてきた母が梅若丸の死を知り供養塔を建てたところは今は妙亀塚と呼ばれている。母は絶望の末に身を投げたという鏡ヶ池が近くにあったというが、その悲運な子と親の情愛と絶望の物語は今なお能や謡曲「隅田川」の舞台で語り継がれている。鏡ヶ池は、明治18年頃に埋め立てられて現存しないが、今の石浜小学校の近く、出山寺の北側辺りにあったらしい。平安時代から江戸時代に掛けての入水伝説の数々が有名。