奇跡と平和の物語、 本川小学校資料館。
本川小学校平和資料館の特徴
被爆した本川小学校の校舎が現在も一部残っている場所です。
『はだしのゲン』のモデルとなった歴史的な資料館です。
平和学習の一環として訪れる意義深い体験ができます。
2025/12袋町小学校と旧日本銀行広島支店を訪問した後こちらを訪問しました。こちらも無料です。爆心地からわずか400mの立地にありよく建物が残ったなあと驚きました。館内には被爆当時の広島の町を再現した模型があり一部建物以外はなくなっているので爆弾の威力が改めてわかります。町が全壊している中、こちらの小学校では二人の生存者がいたというのを知りもっと驚きました。
一瞬で四百人の児童が命を断たれ、奇跡的に一人の児童と一人の先生が助かったとの事平和とは?命とは?考えさせられた施設です!
本川小学校の北門横にある平和資料館。被爆建物である校舎の一部を利用して、資料展示。地下には、以前、原爆資料館に展示されていたという被爆直後の広島の巨大ジオラマ模型も展示されている。原爆ドームの目と鼻の先にあるこの小学校の生徒たちがたどった運命が、無言の建物を通じて静かに伝わってくるかのようだ。入口は小学校の北門にあるインターホンを鳴らすことで、開錠してもらう形式で、ちょっとわかりづらいが、原爆ドームから徒歩圏内で入場無料なので。レストハウスなどと合わせて、被爆建物を巡ってみるのが、おすすめ。
土曜に訪問しました。広島平和記念資料館が以前よりも外国人も増え混雑してるのを知っていたので川の反対側にあるこちらに行ってみようと思いました。資料としては少ないですが同じジオラマも見れましたし唯一生き残った方の体験なども規模は小さいですが凝縮されゆっくりと見学することが出来てとてもオススメです。無料でしたし係の人に少し説明もして貰えました。あちらの資料館より実際に残った建物の資料館ですので、実際にこちらでほとんどの先生や生徒さんが亡くなられている場所と思うとなかなか胸に来るものがあります。ガイドブックには載っていないのですがオススメします。
実際に戦争遺跡を見ると、悲しくて胸が痛みます。世界が平和でありますように。
2024年5月2日に見学。入館時は門脇にあるインターホンで見学したい旨を伝えると係の人が開けてくれます。受付で記帳後に見学できます。館内の撮影は可能ですが、SNSなどへの投稿は控えるよう注意されました。建物は被爆建物の一部です。地階には被爆直後の爆心地近くのジオラマがあります。その他、当時の配電盤などがありました。1階の部屋には物的資料や解説があります。全体的に展示物は少ないのです。ただ、唯一生き残った国民学校11歳の居森清子さんの解説が胸を打ちます。爆心から350mの位置で無傷で助かったものの周りの児童たちは悲惨な姿。親兄弟も亡くし、子供の字で届け出た戸籍証明だったかの書類を見て、清子さんの立場に胸を痛めました。あと一人、生き残った尾形静子先生。顔に大怪我を負い、それで差別され、しかし教育を諦めなかった。
名前は資料館となっていますが、資料の展示だけではありません。この小学校の校舎そのものが資料となっているのです。よく後世に、残してくださったものだと感銘しました。平和記念公園、原爆資料館とともに訪れたい場所です。原爆慰霊碑・碑文の原本がこちらで拝見できるのには驚きました。
被爆した校舎の一部が残されている。館内にも被爆遺構や展示が充実しており、無料で見学できる。原爆資料館だけでなくここにも訪れる価値あり。古い館内は昔のままで保存されており、身に迫るものがある。
原爆ドーム近くの小学校。入るためにはいちいちインターホンでスタッフを呼ばなければなりません。ちょっと面倒ですね。無料なのが嬉しい。
| 名前 |
本川小学校平和資料館 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
082-232-3431 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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無料です。爆心地の近くです。原爆ドームの直ぐ近く、徒歩圏です。当時としては珍しい鉄筋校舎でした。小学校が資料館になっているのは2校だけです。地下にも資料があります。昇降口が地下にあったようで、2人の方が直撃を免れたようです。鉄筋のお陰です。現在も小学校として存在していますので、今の児童達の学習発表資料なども少し展示されています。静かに見学することができます。