勇気の記録、阻止闘争の地。
伊部岳実弾射撃演習阻止闘争の碑の特徴
米軍統治下の阻止闘争を象徴する記念碑です。
1970年の実弾射撃演習に対抗した勇気を記録しています。
国頭村民の生活を守った歴史的な場所として知られています。
米軍統治下に起こった阻止闘争。後世に継がれついて欲しいと願う。
ベトナムのジャングル戦のためのM60機関銃の弾の雨が降るかもしれない場所に座り込みした人々の勇気の記録です。
復帰前の1970年、米軍北部訓練場の森林を生活の糧としてきた国頭村民が海兵隊の実弾射撃演習に抵抗し、実力で阻止した。「伊部岳闘争」として今日まで語り継がれている。その闘争の碑。バイクの慣らし運転で北部を一周した際に訪れました。
| 名前 |
伊部岳実弾射撃演習阻止闘争の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
この地は、沖縄を占領しているアメリカ合衆国が北部訓練場として使用し、更に、実弾射撃演習場併設を通告し、強行に演習を実施しようとしたことに対し、地域住民・村民・支援団体が必死の決意で実弾射撃演習場設置を阻止した場所である。一九七〇年(昭和 四五年)十二月 二二日国頭村長あてに伊部岳を中心とした北部訓練場内に実弾射撃訓練場に設置することを琉球政府(現沖縄県)を通して電話通告してきた。二六日に国頭村議会は即、抗議決議を採択し演習阻止を明確に宣言した。同日に安田区では演習場設置反対評議会を結成し、住民ぐるみの動員体制を整えた。午後には米海兵隊が 三一日から射撃演習をはじめるどの情報を村に伝え、緊迫する中て 三〇日を迎えた。国頭村字安田・安波・楚洲の 3集落では小中学生も阻止行動に参加した。一方、着弾地点には、子供、高齢者を除き最大動員して座り込み、抗議・阻止の旗を掲げ、火を焚き、煙の合図て強固な阻止体制が完了したことを告げた。三一日を迎えた、国頭村長を先頭に村民はじめ、支援団体約 600人が発射地点近くて実弾射撃阻止大会を 着弾地点の北側に 70人、南側に 200人の行動隊が座り込み実力阻止、有刺鉄線を乗り越えて発射地点に突入。大混乱の中で、重軽傷者を出しながら体を張って 米軍権力に対抗して阻止実現。「やったぞ!未兵は帰れ!」を歓声と怒りの声が深い豊かな山にこだました。持ち込んだ砲弾はヘりて持ち帰り、米軍は正式に実弾射撃演習の中止を発表した。こうした決死の思いで村民、県民の生命、財産をはじめ、豊かな自然、水資源、ヤンバルクイナやノグチゲラなどの貴重な動植物を守ることができた。”森と水とやすらぎの里”といわれる山原の自然を守り育てようとした先人達の偉業を伊部岳実弾射撃演習阻止闘争碑の存在を通して、平和、命の大切さを学習し、後世に語り継ぐために、この地に伊部岳実弾射撃演習阻止闘争碑を設置した。二〇〇九年(平成 二二年)八月 一五日 国頭村制 一〇〇周年記念-碑文より-