心癒される丘の神社、開拓神社へ。
心が癒されます。
名前 |
開拓神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4411199 |
評価 |
4.0 |
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開拓神社(かいたくじんじゃ)鎮座地 磐田市飛平松新田訪問日 2023/10/30袖浦公園の北側にある丘に鎮座する神社です。公園は、戦時中の「明野陸軍飛行学校天竜分教場」の跡地で、開拓神社の鎮座する小高い丘も基地の射撃場(丘の斜面に的が設置された)があった場所でした。昭和20年(1945年)8月15日の終戦により、明野陸軍飛行学校天竜分教場も廃止となり3年あまりの歴史が終わりました。終戦後、航空部隊関係の復員業務遂行上、最も憂慮していた士気旺盛な戦闘機空中勤務者の対策として、帰農を前提として当飛行場が選ばれた。昭和20年(1945年)11月3日、鍬入れ式が行われ24名が参加した。そして、天竜開拓地として県の緊急開拓事業の推進が始められた。昭和21年(1946年)、帰農組合を結成した。この特本組合を「飛平松婦農組合」と仮称したが、後に、地域名も飛平松と呼称することになる。そして、開拓作業と住宅の建設が始まる。この時点で34軒の入植者があった。昭和26年(1951年)、入植旧軍人の公職追放解除を記念して「開拓神社」が建立された。当初の帰農組合が「飛平松婦農組合」とされたのはプライドの高い空中勤務者(パイロット)が農業に馴染めず、主に婦人方が中心になって帰農が進められた様である為という話です。