水車の歴史感じる辻子谷散策。
辻子谷水車郷の特徴
江戸時代からの歴史が魅力を放つ、辻子谷の水車郷です。
生駒山の登山ルートにあり、訪問者に便利な立地が自慢です。
郷土文化を感じられるスポットとして多くの人に親しまれています。
地域の方々の思いが詰まった場所。歴史的に意味のある水車。そう、東大阪市が今の中小企業の街と言われるまでに、水車が関わっています。生駒山からの豊かな水が川となり、水車で動力としていました。漢方づくり、川で平野部まで輸送する。伸線業が盛んになり、町工場が集まる。東大阪市の誇るべき歴史と言わざるを、えないものです。また、生駒山では、役行者が修行をしたともあり、素晴らしい山であったこともわかります。そんな、東大阪市の宝というものを、これからも守り続けていってもらいたいです。今は、昭楠会さんが中心となり、様々な行事を行われています!!A place filled with the thoughts of the local people.A waterwheel with historical significance.Yes,waterwheels have played a role in Higashiosaka becoming the city of small and medium-sized businesses it is today.The abundant water from Mt. Ikoma became a river,which was powered by a waterwheel.Chinese medicine was made and transported to the plains by river.The wire-drawing industry flourished, and small factories gathered there.It is hard to help but say that this is a proud part of Higashiosaka's history.It is also said that En no Gyoja trained on Mt. Ikoma,so it is clear that it was a wonderful mountain.I hope that this treasure of Higashiosaka will continue to be protected.Now,the Shonankai is at the center ofvarious events!!
『辻子谷水車郷』散策生駒縦走コースに連なるこの道は石切駅前から川沿いに登ります生駒山から流れる川の水を利用して水車で石臼挽きで製粉昭和初期、生駒西麓には100輌以上の水車が回っていたそうです。水車は、江戸時代から延々と製粉・漢方薬・伸線工業などに利用されてきました。電気が普及すると急速に数を減らしてしまいました。音川(おとがわ)沿いに栄えた石切地区の辻子谷(ずしだに)※でも、最盛期は40輌超有ったが今は現役の水車は無しながら ココに復元して見れる様になってます。
久々に訪れましたが、ゲートは少し開けて閉まっていて、トイレが有ったと思ったが無かったし、手洗いの蛇口も止められておりますが、少しの間座って休憩は出来ます。
石切駅から暫くやや急な登り右手に漢方薬の製造会社が見えると、水車小屋は直ぐ。復元したらしいが、漢方や胡粉の粉体化するための水車だったらしい。辻子谷川が流れ落ちる傍をゆっくり登る。
辻子谷 (ずしたに) 水車郷生駒山の西麓帯は、江戸時代の寛永年間より水車産業の発達した地域であり、 昭和18年頃には 17 もの水車があったといわれその中でも辻子谷音 川流域には明治末期から大正にかけて最44 の水車がありました。 谷川から水を引き、水車を回転 させ、これを動力として漢方薬や香辛料の粉末製造 に長年利用されてきました。水車小屋内では、水流を勺に受けて水車が回転し、車に組み合わせた(なで)が一緒に回転するこ とにより、突(どうつき)に取り付けられた羽子板 (ごいた)を押し上げ、回転するが子板から外 れると調が石臼に落下する動作の繰り返し、およ び撫が唐臼の腕(うでじり)にある板(けいた) を押し下げることで先に取り付けられた杵(きね) を上下させる動作を繰り返すという2つの方法により製粉が行われていました。我々協会は地域のボランティアを中心に 「辻子谷の古吉良歴史と文化、環境を将来に継承す 」として56年(1981年)に発足しました。 その 約30年にわたって、多彩な地域活動を継続しています。明治・大正・昭和初期における辻子谷付近水が昭和54年 (19年にその活動を 止したことから、昭会の中心的な活動として、 「辻子谷水の復元」を取り上げてきましたそして、 平成22年 3年近くかかって、その実現に 至りました。
坂めちゃくちゃ急。
興法寺に行く途中で寄りました。辻子谷コースの途中で休憩するのに椅子も有ります。
辻子谷(ずしだにと読む、づしだにではないみたい)は、石切神社から興法寺を抜けて宝山寺に至る生駒越えの参道があり、信仰の道として江戸時代以降、利用されるようになり、この谷にも水車が設置され、1620~40年代には胡粉製造が、1690~1700年代には漢方薬の粉末加工が増え、明治から大正の最盛期には44両の水車が稼働していたという。1914年に大軌(近鉄奈良線の前身)が開通したことで電力が普及し、衰退していったが、1975年頃まで細々と使われていたようだ。当時の古きよき時代を語り継ぐため、地元有志が2004年、直径6mの水車を復元し、2007年に1/4のミニチュア水車小屋とともに公開している。
今は水車は回っていませんが、この辺りの歴史を知ることができます。
| 名前 |
辻子谷水車郷 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
近鉄奈良線、石切駅から700mほどの所にあります。道はそこそこの登り坂です。古くは大阪道修町の製薬業、近世は東大阪の工業発展の基礎となった伸線、撚り糸製造の動力に使われた水車(レプリカ)が残っています。普段は動いていません。地元の方々が清掃や手入れをされてます。門扉がありますので、閉まっている場合や立入り禁止区域には入らないようにしましょう。水道やお手洗いは無いです。道も狭いので、車利用は避けましょう。