江戸情緒漂う飫肥城下町でのんびり散策。
日南市飫肥 伝統的建造物群保存地区の特徴
瓦屋根が続く風情ある城下町で、圧倒される美しさです。
名物の飫肥天や厚焼き玉子が楽しめるお店が点在しています。
武家屋敷の通りで歴史を感じながら贅沢な散策ができます。
武家屋敷の町並みが尋常じゃなく好み。錦鯉もいます。
道路拡張で本町通りあたりの商家の建物は昔からのものは無くなったようですが、現在進行形で外観のイメージ作りが進行中のようです。昔からあった商家建物を移築して保存していたりもしています。
電柱や電線がなく、今でも飫肥城下町の雰囲気を味わえます。
宮崎県の 旧飫肥藩 城下町藩主は伊東氏で、秀吉による1587年の九州攻めの後、伊東祐兵(すけたか) に28,000石が与えられた事が 藩の始まりです。元々 伊東氏は 藤原の流れを汲み、伊豆国伊東荘(現在の伊東市) を本拠とする武族で、その子孫が 鎌倉幕府から地頭職を与えられて 日向伊東氏として土着した。南北朝時代の頃は、伊東氏は 守護職の島津氏の国衆だったが、島津家に内紛があり、室町時代には足利義政から伊東氏に守護職代行の御教書が下された。その後は 日向伊東氏と島津氏は抗争を繰り返し、1572年 木崎原の戦いで日向伊東氏は島津義弘に敗れた。日向伊東氏は瀬戸内で流浪する事になりました。その後、伊東祐兵(すけたか)の時代になり、秀吉の配下だった伊東掃部助(美濃伊東氏)の助けにより、伊東祐兵は秀吉の家臣になった。祐兵は 山崎の戦いで活躍し、九州攻めでは先導を務めた。秀吉は九州を平定し、伊東祐兵は日向伊東氏の旧領に復帰して大名になりました。実際に歩いてみると 城下町らしい雰囲気が良く残っており、水路には錦鯉が沢山泳いでいました。伝統的建造物は138件あるそうです(建築物11件 工作物127件)。1977年(昭和52年)には九州では初の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
城下町の伝統ある屋敷と現代アートの融合【DENKEN WEEK2025】とても良かったです❗これからも継続しますように✨
旧飫肥藩の城下町で、江戸情緒を感じられる町割を残しています。平日の午後に訪問したので、観光客も少なく静かに散策を楽しむことができました。武家屋敷の門構えや石垣などは見事で、通りの脇を流れる水路には錦鯉が泳いでいてとても風情がありますね。一方で、武家屋敷が立ち並ぶ通りの道路が無機質なアスファルト舗装だったり、お店やスポットが散在しているのに案内板があまり無かったりと観光地としては少し惜しいなという部分もいくつか感じました。■料金:散策無料■アクセス性:宮崎交通「飫肥」下車すぐ、JR日南線「飫肥駅」約15分。
宮崎県日南市の飫肥城下町。飫肥は、天正16年(1588)から明治初期までの280年間飫肥藩・伊東氏5万1千石の城下町として栄えたところです。武家屋敷を象徴する門構え、風情ある石垣が残る町並みは、昭和52年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。なかなか風情のある武家屋敷が立ち並んでました。飫肥が生んだ大外交家・小村寿太郎(日清戦争の講和会議、日英同盟締結、ポーツマス条約締結、日露戦争での外交交渉、そして関税自主権の回復など、日本の国際的な地位向上に貢献)の生家や記念館もありました。
飫肥に初めて訪れたのですが期待以上に雰囲気が良かったです。古い町並みや建物が綺麗に管理してあり、とても観光しやすかったです。色々な施設を見学して食事もしたら予定していた2時間では少し足りなかったですね。
あまり観光客もいなく、日本の古い城下町をゆっくり味わえるスポット。七カ所のチケットでお得に色々な場所に入れるのでとても良かったです。そして大通りに鯉が住んでいるのが驚きです。
| 名前 |
日南市飫肥 伝統的建造物群保存地区 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0987-31-1145 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.nichinan.lg.jp/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/2/817.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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数十年ぶりに訪れました😁地元でもあり、近所の高校に通っていたので、何度か訪れた事は覚えていますが、基本的にスッカリ忘れていたので!今回ゆっくりと見させて頂きました✨😊住んでいたときは何も思いませんでしたが、とてもとても良いところだったんですね☺️若い時はどうしても地元の良さに気付けずにありがちですが、今回訪れることができて本当に良かったです😊町も昔ながらの城下町を可能な限り維持されていて、本当に綺麗な町でした。また、機会を作って訪れたいと思います😊