関之尾滝へ行く途中、ユニーク神社。
川上神社の特徴
朱色の独特な形をした神社で目を引く、神秘的な雰囲気です。
関之尾滝の見学コースに位置し、訪れる価値があります。
出水神様と灌漑用水開発者を祀った神社として、深い歴史があります。
関之尾の滝の展望台すぐ近くにある神社です。わりと見逃されている神社かもですね!^^
関之尾滝にある神社ですが、もう少し綺麗に掃除してあれば良いんですが…
土偶の家がそのまま大きくなったような形の神社。
坂道下りたら.朱色の...一見.埴輪(はにわ)?と思われる物が!水神様を祀っている川上神社です!今から400年前.地元の人達が.滝下にせきを作り...新たに開墾した水田に.水を引いた時に.滝下の岩肌に.穴を掘り.出水神様(水神様)を祀ったそうです.
整備はされておらず、寂れている。さみしい。
関之尾滝に行く途中にある真っ赤で独特な形をした神社。どうしてあのような形になっているか不思議。
【月 日】2021年6月18日【駐車場】有り【トイレ】有り🔷都城市関之尾町の関之尾の滝の遊歩道途中に有る川上神社に参拝しました。小さな神社でした。
関之尾の滝の見学のコース中に現れる不思議な形の神社です。鉄筋コンクリート造りの社殿は他に類を見ませんが、湿気の多そうな場所で木造の社殿を建てて痛むのも望ましくないし、アーチ状の作りは強度や雨水を流し落とすには合理的なデザインなのでしょう。祭神は出水神様(でみじんさぁ)と呼ばれる九州で最も古い水神様と謂われています。元々は江戸時代初期に地元の人たちが滝の下に堰を設け、新たに開墾した水田に水を引き、その際に滝の上の岩肌に穴を彫り、出水神様を祀ったのが起こりでした。その後、貞享2年(1685年)都城島津第18代久理(ひさみち)の命を受けた家老川上久隆は、苦難の末、滝の上の右岸の硬い岩盤に約100メートルのトンネルを穿ち、取水に成功しました。これにより、それまで灌漑できなかった土地まで広く灌漑できるようになったことから関之尾住民は川上久隆を水神様として祀るようになったのでした。さて、川上氏というと、島津宗家5代当主島津貞久の長庶子頼久にはじまる一族です。直接都城にルーツのない川上の苗字を持つ家老がいたのは、江戸時代に入り島津宗家が都城島津家(北郷家)への支配を強めたため、おそらくは鹿児島から派遣されたか派遣された者の末裔なのではないかと推察しています。領家のゴタゴタは大変なものですが、ともあれ土地の灌漑を果たせた農民の喜びは大きかった事でしょう。
滝へ行く途中に有ります。こう言う造りの神社は初めて見ました。
| 名前 |
川上神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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関之尾滝の近くに鎮座する「川上神社」は、古くから水の神様を祀る社として地元の人々に厚く信仰されてきた神社です。由緒によれば、その歴史は江戸時代にまで遡り、当時の人々が滝の水を引き入れ新田を開いたことから、水神様を祀ったのが始まりと伝わります。その後、取水や用水路の開発に尽力した家老・川上久隆や坂元源兵衛、さらに前田正名といった先人の功績を顕彰する場としても大切に守られてきました。昭和37年には、もともと水神様を祀っていたこの地に改めて社殿が建立され、以来、地域の鎮守として親しまれています。毎年9月には出水神祭が行われ、家内安全・五穀豊穣・水難除けを祈る祭事が続けられています。現在では、商売繁盛や縁結びを願って参拝する人も多く、神社前の女滝にお神酒を注ぐ光景も見られるなど、独特の信仰文化が息づいています。自然豊かな滝の景観とともに、水に感謝し先人を偲ぶ心を感じられる川上神社は、関之尾を訪れる際にぜひ立ち寄りたいスポットです。静かで厳かな雰囲気に包まれ、清らかな気持ちで参拝できる神社です。