千姫ゆかりの美しき化粧櫓。
化粧櫓の特徴
夏場には風が通り過ごしやすい、姫路城の化粧櫓です。
千姫の暮らした特別公開の場所で、歴史を感じられます。
外観と内部ともに見応えがあり、長い櫓が印象的です。
2025年9月3日 参城昼時に行った男山三社を眺める。千姫に思いを馳せて。実に感慨深いです。
千姫ゆかりの場所だけあって資料などがたくさん展示されていました。
2代将軍徳川秀忠の長女で豊臣秀頼の妻だった千姫大坂夏の陣の後に姫路城主本多忠刻に嫁ぐ際化粧料10万石が与えられたので1618年に建てられたただし千姫が住んでいたわけではない。
☆以前から「何で化粧という名の櫓⁉️」今は「百間廊下」を見学した方の出口、西の丸では一番大きい2層2階の櫓、ここだけ急に屈折して「西の丸北門」と二の丸「いの門」から「ろの門」方面を横矢迎撃出来る見下ろすような立地、化粧櫓自体の中身は畳敷き・襖あり書院造り風で窓も多く明るく優しい造り、でも防御力高し👀千姫が化粧櫓に居たり通ったようなイメージがありますが、「西の丸御殿」から千姫が実際に来たのかなと疑問、何で化粧🤔
夏場に行きました風も通って非常に素晴らしいし人も他エリアに比べると少し少なめです。
冬場に行くと足裏がめちゃくちゃ冷たくなるから注意!百軒廊下と言うだけあり長すぎて後半は足裏との勝負だった笑歴史を肌から感じることのできる、当時のままの部屋や廊下が残る櫓。お城に仕える女性たちが住んでいたため、櫓内の門は非常に分厚く大きな扉(門)であった。
さすが世界遺産、国宝納得です、いままで、いろんな、お城を見て来ましたが規模が違います、外観とお城の中、すべて素晴らしい、ずっと眺めて見ていても飽きが来ない、お城🏯です。
姫路城内を見て回って、特別公開(200円)だった化粧櫓に入って見ました。ここだけが畳敷きで内装も普通の日本家屋みたいで、同じ姫路城内とは思えない感じです。途中の百間櫓も天気が良い割には風が強くて涼しいを超えて若干寒い感じで、櫓上に住んでた人は冬は耐えられなかったのでは。
千姫の暮らした化粧櫓は姫路城の西の丸にあります。10万石とも言われた千姫の化粧料で整備された櫓はとても立派です。櫓から眺める姫路城大天守閣はとてもキレイです。
| 名前 |
化粧櫓 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
079-285-1146 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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城郭には櫓と呼ばれる建造物があります。もともとは「矢倉」とも書かれ、武器弾薬を保管した倉庫です。そして櫓と櫓の間を繋ぐものが多聞櫓(たもんやぐら)です。石垣の上に作られた屋根と壁を持つ頑丈な構造物です。敵の侵入を防ぐための防御施設としての役割を持ち、籠城などの長期戦に備え内部には兵士の居住空間(小部屋)が作られていました。で、この化粧櫓です。城主の子、本田忠刻の室千姫がこの櫓で化粧をしたという事から命名されました。そして化粧櫓からワの櫓に至る約240mの多聞櫓が百間廊下です。これが作られたのは千姫が忠刻に嫁いだ1616年頃、元和偃武以降のことです。従ってこの百間廊下に戦闘用の機能は要求されませんでした。ここの小部屋は千姫御付きの侍女たちの居住として使われたのです。それにしても隙間の多い小部屋です、しかも窓には障子のみ。冬はさぞ寒かったでしょう。こんなところに侍女たちは住まわされていたわけです。しかも各小部屋にはトイレがありません。侍女たちは必要に迫られるごとにこの長い廊下を歩いたわけです。また入浴施設は殿様や奥方、上級武士に対するものはあったようですが、侍女や下級武士は城外の湯屋(銭湯)を利用していたようです。要するに私が学生時代に住んでいた風呂なし・トイレ供用のアパートと同じじゃないですか。まあ私のところはトイレまで徒歩10秒でしたから、まだ恵まれていましたけどね……2026.1.12