1785年の神秘を感じる、情緒あふれる場所。
名主屋敷跡の特徴
名主屋敷跡は1785年の大噴火を体感できる歴史的スポットです。
清受寺から200m程下るアクセスの良さが魅力です。
八丈島への全島避難の歴史を学べる貴重な場所です。
道路を走っていると小さな看板があります池之沢方面(港)に向かっている場合は手前の道路脇に少し広いところがあり、駐車場できます苔むした滑りやすい階段を下っていくと、玉石垣が広がり、南国の植物で囲まれた情緒ある雰囲気の場所が広がります。
神秘的な場所で、かつての屋敷に思いを馳せる事ができます。
都道から降りる入り口がわかりにくい。近くの民家に車を停めてしまったが正解は都道沿いに小さな駐車スペースとわかりにくい案内があるのでそこから石段を降っていくらしい。ソテツと玉石の石垣があるぐらいで特に何があるわけでもない場所。2023年11月1日。
(2022/09) 清受寺から下手に200mほど下る。この辺がもともとの休戸 ( やすんど )。名主屋敷跡のお隣りは牛舎のあるお宅。昔は人家ももっとあったらしい。階段も整備されていてさすが名主屋敷だ。玉石垣も現れる。角を作るのでなく、曲線を作るのが八丈島・青ヶ島の玉石垣の特徴。今では見るものは少ないが、かなり広い敷地で、色んな作業場が広くとられていたことがわかる。今の村の中心・岡部から離れているのが不思議だが、これは農業の中心が池之沢であったことを物語っているのかもしれない。大里神社もほど近く、1958年までは池之沢への主要道であった「槍の坂」も近い。何かあったら池之沢にも岡部にも駆け付けられる位置ではある。
1785年の大噴火で八丈島へ全島避難がなされた。といっても非難の過程で船には全員が乗ることができず、先のある若者から乗せたため、老人を中心に多くの方が命を落としたと現地の方が説明してくれた。それから半世紀近く経った1835年に名主の佐々木次郎太夫の活躍で島民の還住が達成されたそうだ。その佐々木次郎さんの屋敷跡で、きれいな丸い石の石垣が印象的だ。今の集落からは離れた場所で山を少し下った位置ににある。昔はここから海に出ていたのだろうか?
草むらに阻まれて辿り着けなかった。
| 名前 |
名主屋敷跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
04996-9-0033 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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4泊5日で青ヶ島を廻ってきました。二日目は台風直撃だったので、雨天でも問題のなさそうなお墓や記念碑を見て回りました。で、その一つがこの名主屋敷跡でした。これは都道236号脇の小さな階段を降りたところにあります。道路では結構な風を感じましたが、ここは周囲を玉石垣の塀に囲まれています。そのためか風はいい具合に弱められていました。しかし水溜りはあるし濡れた草が繁茂するしで、10mも入り込むと膝下までびしょ濡れになったのです。もっと奥まで行ってみようかとは思いましたが、奥はさらに草が茂っています。そんなわけで撤退。入り口近くの風景写真に留めました。三日目以降は晴天続きでした。奥に入り込むには絶好の条件だったのです。しかし複数回この前を通ったのですが結局行かずじまい。まあ、そういう場所ということで……2026.3.24