穏やかな空間、昭憲皇太后陵。
昭憲皇太后 伏見桃山東陵の特徴
明治天皇陵の隣に位置し、穏やかな空間です。
鳥たちの歌声が響く静寂な場所でひっそりと佇む。
明治天皇皇后綾に並ぶ、特異な規模の御陵です。
天皇より二回りほど小さい感じの墳丘です。拝所との距離が近いのでより身近に感じます。藤原姓の方なので御先祖が眠る木幡方面が望めそうな場所でした。
昭憲皇太后 伏見桃山東陵(しょうけんこうたいごう ふしみももやまとうりょう)は、明治天皇の皇后である昭憲皇太后(1837年〜1914年)が祀られている陵墓です。京都市伏見区の伏見桃山エリアに位置しています。概要•昭憲皇太后は明治天皇の皇后として明治時代の日本を支え、内助の功で知られる重要な皇族です。•伏見桃山東陵は、昭憲皇太后のご遺体が葬られている陵墓で、明治天皇の伏見桃山陵の東側に隣接しています。•墓地は自然豊かな環境に囲まれ、静かで厳かな雰囲気が漂っています。位置・アクセス•京都市伏見区桃山町にあり、明治天皇伏見桃山陵の東隣。•最寄り駅はJR藤森駅や京阪伏見桃山駅で、徒歩やバスでアクセス可能です。•周辺は歴史的な名所が多く、散策にも適しています。歴史的背景•昭憲皇太后は、明治維新後の近代日本の皇室を支えた重要な人物で、明治天皇との関係も深く、皇室の安定に大きく寄与しました。•伏見桃山東陵は皇室ゆかりの地として保存され、訪れる人々に歴史の重みを伝えています。
明治天皇陵の隣に鎮座する昭憲皇太后陵。こちらも厳かな雰囲気が漂う気持ちの良い場所です。
明治神宮の祭神であられる昭憲皇太后の陵です。明治維新と激動の時代に欧米諸国の王侯貴族・貴婦人と対峙できるよう社会事業振興の先頭に立ち、近代女子教育では現在の学習院女子中・高等科や、お茶の水女子大学に至る学校を設立、日本赤十字社の初代名誉総裁を務め積極的に活動に参加、発展に大きく寄与された方です。生涯で3万6千首を超える和歌を詠み、日本初の校歌(お茶の水女子大学)の作者で、初めての洋服を着用した皇后としても著名です。五摂家の一条家(藤原氏)で、お生まれは京都御苑内と明治天皇が誕生された中川邸とは目と鼻の先の宮内庁京都事務所付近一帯で、うぶ湯に使ったと伝わる縣井(井戸)が残っています。陵墓のある木幡山(桃山)は徳川時代に廃城となった豊臣秀吉が築いた元伏見城の跡地で天皇が本丸、皇太后は名護屋丸に位置しています。墳丘は上円下方墳で「君が代」にも登場する『さざれ石』で拭かれていて四隅には神将埴輪が埋めてあるそうで更に鳥居のある垣で囲まれています。竪穴式の埋設施設には時代を反映してかコンクリート郭に石灰が充填されているそうです。時間が止まっていたかのような変わらなさは周辺とは別世界です。10、20年後にまた訪れて昔を懐かしむには最適です。参拝時間は 午前8時30分から午後5時までです。御所や桂離宮、正倉院などと同じく宮内庁が管理していますので神様御本人がおられる所ですが、明治神宮とは違い賽銭箱や御守りといった物は有りません。JR桃山、近鉄桃山御陵前、京阪伏見桃山駅からが表参道ですなのですが駅からは遠くて大き目の玉砂利で結構疲れるので一番近い京阪桃山南口からがオススメです。
静寂の中に、幸せに満ちた鳥たちの歌声と、木々の葉音が優しく響く、穏やかで温かい空間です。私たちの暮らしを、ただただ静かに見守って下さっているのを感じました。お正月なので、大人だけでなく子供たちもたくさん参拝されていて、普段に比べて賑やかなのが微笑ましかったです。
ひっそりとしています。明治天皇陵墓からはスロープ状の下り坂となっています。高低差がすごいです。
明治天皇陵の東へ、坂を下ったとのろにあります🙂天皇陵よりひとまわり小さめ。緑と青と白の対比がきれい🌲こちらも落ち着いた雰囲気で気持ち良い場所でした🤗
明治天皇綾の東側にある、明治天皇皇后綾。
明治天皇伏見桃山陵の東側直ぐにあります。こちらも立派な御陵です。ちょうど御陵の前にある、枝垂れ桜が満開で綺麗でした。
| 名前 |
昭憲皇太后 伏見桃山東陵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 8:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
昭憲皇太后のお墓です。こちらは明治天皇稜から1段下がったところにあります。こちらも緑多く、静かにお参りすることができました。