興味深い道程と神秘、樺井月神社。
樺井月神社の特徴
樺井月神社は道がややこしく、興味が深まります。
樺井月神社の社殿は水主神社に隣接しています。
樺井月神社は延喜式神名帳にも記載された大社です。
たどり着くまでの道が結構ややこしいのが、逆に興味を深めてくれます。
樺井月神社かばいづきじんじゃ京都府城陽市水主宮馬場祭神月読尊延喜式神名帳では「樺井月神社 大 月次新嘗)と記載されている大社でしたが木津川の氾濫により水主神社の境内に移転した水主神社本殿の左側が樺井月神社の社殿という注意→最後の写真の石碑を更に進むと道が狭くにっちもさっちも出来ません小生はUターンするのに20分以上かかりましたバックで戻るのも難しいです2022年4月21日 参詣 曇り後雨。
| 名前 |
樺井月神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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樺井月神社(かばいづきじんじゃ)。京都府城陽市水主宮馬場。式内社(大)、水主神社境内社。【祭神】月読命【祭祀対象】樺井の渡の守護神資料によると、当社は樺井の渡の守護神と思われる。この渡は大河木津川を渡る交通上の要衝であり、これを守護するために、綴喜郡側に当社が建立されたのではあるまいか。後世久世郡側の式内水主神社の境内社となるに至つたが、これは洪水による流失のためであつたらしい。綴喜郡には同じく「月読命」を御祭神とする式内社「月読神社」があり、鎮座地の大住地区は当社の旧地からそう遠くない地だったと思われます。大住の地は大隅隼人の人々がこの地に移住したことに因むと言われ、彼らの持つ月神の信仰が月読神社の創建となったことが考えられます。当社についても同様に南九州の人々が信仰した月神に起源を持つかもしれません。少なくとも大住の月読神社とは立地からしても何らかの関係があった可能性が考えられましょう。とあります。