長岡空襲を伝える新資料館。
長岡戦災資料館の特徴
長岡空襲の悲惨さを学べる貴重な施設です。
無料で戦争に関する資料を閲覧できるのが嬉しいです。
長岡駅から徒歩ですぐ、アクセスが便利です。
先日伺いましたが、施設がリニューアルされており、館内はとても新しくてキレイでした。当時の「生活の様子」や、出征する家族を想う「戦争に送り出す人たちの祈り」を伝える展示からは、人々の切実な思いが真っ直ぐに心に響いてきます。また、長岡が原爆投下の候補地であったために落とされた「模擬爆弾(パンプキン爆弾)」の事実や、当時の「防空壕」の様子など、空襲の恐ろしさを生々しく伝える貴重な資料が数多く展示されています。館内には空襲で亡くなられた方々への「祈りの場」も設けられており、静かに手を合わせることができました。新しく見学しやすい環境で、長岡の歴史と平和の尊さを深く学べる素晴らしい施設です。無料で観覧できます。
入場無料の長岡空襲を伝える資料館。2025年9月に訪問しましたが、移転のため2025年12月より休館し、2026年5月に旧互尊文庫(坂之上町3)に移転するそうです。1945年8月1日22:30から翌8月2日未明0:10の間に米軍によって、B29-125機、焼夷弾16万発(900トン)で長岡市街の8割が焼失した空襲を現代に伝えます。当時の長岡市の人口74,000人に対し、死者1,500人弱、罹災戸数12,000戸弱となりました。コンビニくらいの広さのワンフロアで、太平洋戦争当時の世相を表す写真や被災した人達の所持品などがありました。ワンフロアで入口も受付とかはなくフリーで訪問できるので気軽に立ち寄れます。館内は写真撮影禁止です。長岡市と言えば花火大会ですが、もともとはこの空襲からの復興を祈って始まったものです。長岡に観光に来られたら是非立ち寄ってもらいたいと思います。所要時間は20分くらいでした。駐車場は専用のものはありませんが長岡駅前から徒歩100m程度で、近隣にコインパーキングもたくさんあります。30分100円から200円が相場。
入館無料 館内は写真撮影禁止無料なのに内容はかなり濃い原寸大の爆弾の模型や空襲前に米軍が撒いたビラなど生々しく長岡空襲の様子が伝わってきます。
2025年8月2日に訪問させていただきました。長岡には花火観覧で来させていただきましたが、偶然この資料館を見つけて長岡花火の想いを知ることができました。長崎に落とされた原子爆弾(ファットマン)のテスト地が長岡だったこともここに来て初めて知りました。今晩の花火は80年前の犠牲者のことも考えてながら観覧させていただきます🙏館内は写真や動画撮影禁止🙅です。
2025年8月2日に訪問させていただきました。長岡には花火観覧で来させていただきましたが、偶然この資料館を見つけて長岡花火の想いを知ることができました。長崎に落とされた原子爆弾(ファットマン)のテスト地が長岡だったこともここに来て初めて知りました。今晩の花火は80年前の犠牲者のことも考えてながら観覧させていただきます🙏館内は写真や動画撮影禁止🙅です。
広島、長崎などの資料館にも行きましたが、ここはここで今まで聞いたことの無い内容があったりしてとても良かったです。見学するにはそれほど時間は掛かりませんが、是非ビデオを見てから施設内の見学をされると、非常にわかりやすくなると思います。何故長岡の花火が有るのか、8/2.3なのか。平和な今の暮らしに感謝です。
入場無料で駅から近い。模擬原爆が長岡に落とされたこと、その結果新潟は地形を誤認しやすく、またサイパン島から遠いことから原爆の被害から免れたことなど知ることができた。長岡祭りが戦災復興祭りを起源にしていることも大きな発見で、てっきり古代中世からのものと思っていた。
小さいながらもとても勉強になる施設です。入場無料、撮影禁止。長岡空襲ということがあったこと、その時の爆弾のひとつがパンプキン爆弾という長崎に落とされた原爆の模擬爆弾だったこと、またその空襲の慰霊と復興のために花火大会が始まったこと、たくさんの学びがありました。長岡駅からすぐの場所ですし、新幹線の待ち時間とか、機会があればぜひ立ち寄ってみてはどうでしょう。
長岡空襲の資料館で入場無料で利用できます。入場無料といいつつ、資料や解説はとても丁寧でじっくり見て回ることができました(^^)特に当時、米軍が使用したナパーム弾という兵器があるのですが、事細かに解説がしてあって原寸大の模型もリアルで見応えあって勉強になりました!スタッフの方もとても親切で良かったです。※館内は全館撮影禁止なのでご注意ください。
| 名前 |
長岡戦災資料館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0258-36-3269 |
| 営業時間 |
[木金土日火水] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
模擬原子爆弾は1945(昭和20)年7月20日から8月14日までに全国各地に49発投下され、400人以上が亡くなった。