十二石神社で体感する不思議な参拝。
十二石神社の特徴
九州巡行の景行天皇にまつわる神社で、歴史を感じる場所です。
美波迦斯毘売(御刀媛)が関与した神話が身近で魅力的な神社です。
JR長洲駅から南東3.3kmに位置し、アクセスも良好な神社です。
昨年は名石神社のみの参拝で、出張から戻ってからこの神社の存在を耳にし、満を持しての二社参拝でした‼️神石として祀られていて少し不思議な感じの参拝でしたが、その分思い出に残った神社でもありました🎵🎵
九州巡行中の景行天皇を追って日向から妃の美波迦斯毘売(御刀媛、ミハカシヒメ)と12人の女官が来たが景行天皇は既に帰った後であった。嘆いた女官らは有明海に身を投げ石となった。それが加藤清正の治水により陸に出てきたのでその内数個がこの地に集められたとされる。南に1kmほどいったところに美波迦斯毘売の瑞玉と女石大明神を祭る名石神社がある。ここの地名「腹赤」も、景行天皇が長渚浜(現長洲町)で吉備の朝勝見がニベという腹の赤い魚を釣るのを見たという伝承が由来とされる。また、景行天皇は火(肥)国から高来県(島原半島)を経由して長渚浜に停泊し行宮を置いたとされる。十二石神社が名石神社の元宮であるとか、十二石神社が景行天皇行宮跡地であるとか、景行天皇の腰掛石があるとか書いてある書籍があったが真偽は不明。
| 名前 |
十二石神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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十二石神社は、JR長洲駅の南東3.3kmほどの熊本県玉名郡長洲町腹赤に鎮座している神社です。景行天皇20年、第12代 景行天皇が九州巡幸の際に、この地にお立ち寄りになられましたが、景行天皇を追って日向国から妃の美波迦斯毘売と十一人の女官が来ましたが、景行天皇は既に都へ帰った後でした。美波迦斯毘売は、たいへん嘆き悲しんで有明海に身を投じ、十一人の女官と一緒に海底の石となったといわれてます。その後、肥後熊本藩の初代藩主・加藤清正(1562〜1611年)の干拓により、その石が陸地に現れるようになり、村人は、これをあわれみ、一カ所に集め、御神体として十二石神社を建て、「石さん」と崇め祀ったと言われてます。鳥居は、昭和61年(1986年)の建立です。御祭神は、美波迦斯毘売(御刀媛:ミハカシヒメ)です。神社のある「腹赤(はらか)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の玉名郡(たまなぐん)腹赤村に由来します。明治22年(1889年)腹赤村・上沖洲村・清源寺村が合併して、改めて腹赤村が発足しました。昭和31年(1956年)腹赤村・六栄村が合併して、腹栄村が発足しました。昭和32年(1957年)腹栄村・長洲町が合併し、改めて長洲町が発足しました。12代 景行天皇が長洲の浜に立ち寄った際、漁師が献上した魚の腹が赤かったため「腹赤の浜」と名付けられました。