見応えある円心寺山門。
円心寺の特徴
天明年間に建立された見事な山門が印象的です。
本庄駅から徒歩10分の立地でアクセスも便利です。
武州本庄七福神の一つとしても知られているお寺です。
旧本庄警察署へ行ったとき、傍らに「本庄地域の文化財」という案内パネルがあって、そこに円心寺の仁王門が紹介されていたので訪ねてみました。円心寺は浄土宗のお寺で、山号は要行山先求院円心寺、本尊は阿弥陀如来なのだそうです。本堂には「要行山」と書かれたの扁額が掲げられていました。山門は天明年間の建築と伝えられ、木造2層建築の鐘楼山門で、朱色に塗られています。別名「赤門」とも呼ばれているそうです。鐘楼山門なので2階には鐘があって、山門裏側には二階へ上がる階段がありました。山門(仁王門)なので、門の左右には阿形、吽形の仁王像さまがいらしゃいます。手、足、顔が大きめのユニークな姿の仁王さまです。山門は市の文化財に指定されているそうです。武州本庄七福神めぐりの一つ、福禄寿も祀られていました。下記は境内にあった由緒書の内容です。円心寺 所在地 本庄市本庄三—三―二円心寺は浄土宗の寺で、山号を要行山先救院といい、本尊は阿弥陀如来である。寺伝によれば、当山は天正年中(一五七三~一五九二)の建立で、開山は教誉及天と称し、天正九年(一五八一)に示寂。のち慶長八年(一六〇三)に小笠原左衛門佐信之がその帰依僧円心房を三河国から招いたと伝えられる。山門は天明年中(一七八一~一七八九)の建立といわれ、三間一戸(柱間が三つで真中があいている)重層の建物で、木割を縦横に駆使し、社寺建築技術が最も発達した時期の所産で構造だけでなく総体的に安定した美観を表現するように工夫されている。昭和五十三年に解体修復し、翌五十四年に本庄市指定の文化財となっている。昭和六十一年三月 埼玉県 本庄市。
安土桃山時代の開山で、後に、本庄城の2代目城主の小笠原信之公が、帰依した三河国の僧を招いたとされる。楼門(通称赤門)は安土桃山時代に建立されたもので、市文化財に指定されている。古色が色濃くにじむ褪色著しい楼門は、言葉にならない趣きと重々しさに満ちている。案内板🅿️あり。2026/1/29
圓心寺は浄土宗の寺院で天正年中(1573〜1592)の建立だそうです。山門(仁王門)は天明年中(1781〜1792)の建立で本庄市指定文化財です。
仁王門が有名な、浄土宗の寺院です。山門は天明年間の建築と伝えられており、木造2層建築の鐘楼山門で、市の文化財に指定されています。武州本庄七福神めぐりの一つで福禄寿が祭られています。仁王門は本当に見る価値ありますね。
見事な山門に感動しました!
オミクロン株の感染拡大で都心ヘ向かう気持ちを萎えさせ、下りの電車に乗る。熊谷、深谷、岡部と訪れたので本庄で降り、ぶらり散歩と歩き出す。市役所近くの交差点を右折すると、右手に大きな伽藍を見た。小さな小路を表に回ると歴史を感じさせる山門あり、門を入ると本堂には葵の御紋が輝いていた。浄土宗や天台宗にありがちな幕府のお墨付きの証しである。境内は手入れが行き届いた好印象だが、山門の立派さに比べ門前のスペースが狭いのが難点である。
この山門は見応えあります、素晴らしい。
天明年間建立といわれる山門が目を惹くお寺です。
本庄駅から歩いて10分程、立派な山門が目を引きます。
| 名前 |
円心寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0495-22-3415 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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仁王門が極彩色で立派です。