歴史感じる寺部城址で、時を旅する。
寺部城址の特徴
15世紀に造られた寺部城址は、礎石と井戸が残っている貴重な遺構です。
豊田市指定史跡で、渡辺守綱が入城した歴史ある場所です。
遊佐家長屋門の近くに大きないちょうの木があり、訪れる価値があります。
GW初日の今日は、少し、足を延ばして、豊田市の寺部城まで行ってきました。ここは、本丸部分とその周辺部分しか、残ってはいないのですが、公園化されていて、非常にキレイに整備されていました。こういう残し方もあるんだぁ・・・と感心しましたwww
寺部城址😊寺部城址の主な由来・歴史築城: 1469年~1487年(文明年間)、鈴木重時によって築城。戦国時代: 三河鈴木氏の拠点。今川、織田、松平の間で帰属が変わり、1558年には家康(当時は松平元康)の初陣の舞台となった。江戸時代: 渡辺守綱(槍の半蔵)が1万4千石で入封し、陣屋を構築。以後、明治まで渡辺氏が統治。現在: 土塁、井戸、礎石が残る公園として整備され、豊田市の史跡に指定されている。この場所は、矢作川が蛇行する河岸の地形を利用した城(平城)でした。
寺部鈴木氏の築城とある。江戸時代には徳川十六神将の一人で、尾張徳川家の家老を務めた渡辺半蔵守綱が寺部陣屋を構え、一万四千石で領した。城跡には神社や陣屋の井戸、礎石?城址碑がある。また、付近には家臣の屋敷長屋門が二棟残っているので、そちらも併せて訪問がオススメ。
2024年6月12日 残っている遺構は立派な石碑のある土塁だけすが残そうとしていただいているのはいいですね。周辺は駐車禁止ですが近くの長屋門跡と共通の無料駐車場がありました。
15世紀に造られた城で今は建屋は存在せず礎石と井戸のみの城址です。矢作川から近いので水は豊富に出たと思われます。
遊佐家長屋門の近く、石碑の直ぐ横に随分大きないちょうの木が有ります🐰城(陣屋)跡地は結構広いです🙊
豊田市指定史跡寺部城跡慶長15年(1610)江戸時代の旗本で尾張藩付家老「槍半蔵」こと渡辺守綱が1万4000石で入城し陣屋を築き支配しました。以後明治まで渡辺氏が統治し現在の城址には守綱神社があります。神社の北にある寺部城址の森公園には土塁や礎石の一部が残され城跡碑や案内板が建てられています。【歴史】築城は15世紀後半に鈴木重時によって築かれたのが始まりとされます。鈴木氏は寺部城を拠点とし、今川氏が三河に侵攻すると従属します。その後織田家に寝返った為、当時今川の人質として支配下にあった松平元康(のちの徳川家康)が攻めてきます。松平元康17歳、永禄元年(1558)これが元康の初陣とされる寺部城の戦いです。
説明が無くて遺構が全然わからなかった。
まむしに注意とか掲示があり、手入れをしないと子供とか遊ばせばせられないです。大切な旧跡の割にはぞんざいな扱いになっている気がします。中にはいると蚊がたくさん寄って来て、立ち止まる事もできません。徳川家の有名な家臣の居城跡で、由来も丁寧に記されています。全体的にもう少し手入れをされた方が良いかもしれません。
| 名前 |
寺部城址 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
まだこれから整備されていくといいと思います。