歴史を感じる小千谷会談の地。
船岡山慈眼寺の特徴
小千谷談判の会見所として歴史的な価値があります。
透彫が見事な山門と歴史のある観音堂があります。
参拝時に響く読経の音が心を洗ってくれる場所です。
小千谷談判の会見所河井継之助をご存知の方なら、ぜひ。
平日に行くと、となりに保育園があるので、子どもたちの元気な声が聞こえる。ご住職は温和なご気性なので、長岡と新政府軍が戦うキッカケになった「小千谷会談」のことを丁寧に教えてくださる。歴史好き、幕末好きにはオススメ。
河井継之助ファンにはたまらない場所。ご住職より、戊辰戦争前からのエピソードを解説いただき、歴史の旅ができました。
慈眼寺の山門は透彫が素晴らしいですね本堂は中越地震の時に大変な被害が出たそうです今日は朝の御勤めの時にたまたま参拝し、観音堂の中を見ることができて感動しました。観音さまを見てなんとも言えないありがたさを感じました。
河井継之助の史跡を辿りました。小千谷談判が行われた部屋を見学しました。そのときの様子を説明していただき、勉強になりました。
近くを通り掛かった時に、ちょうど朝のお勤めの時間帯と重なり、境内に響き渡る読経の音に心が洗われる思いがしました。
ここでの口コミを見るまで何も知らなかった。というわけで、越後の龍(河井継之助)→慶応4年5月2日、越後長岡藩家老・河井継之助と新政府軍軍監・岩村精一郎が小千谷の慈眼寺で会談するも決裂。継之助は軍事総督として長岡軍を指揮し、戊辰戦争最大の激戦、北越戦争がはじまりますとある。もうすぐ、2日だ!なんという奇遇。小千谷駅をなんなく降りて、なんとなく駅内にでかでかと地図で示されていたので、てくてくと歩いてきたら、良いお寺でした。You Tubeで小千谷談判劇を観れる模様→3時間だけど。
北越戦争開戦直前に小千谷談判が行われたまさに歴史的な寺で、河井・岩村両氏が会見した部屋も現存しています。交渉の決裂により戊辰戦争最大の激戦ともいわれる北越戦争が起きます。部屋の拝観は事前に連絡しました。ちなみに山門は明治の建造で、河井継之助来た時にはなかったようです。
7世紀創建の真言宗智山派の古刹。1868年に河井継之助と岩村精一郎が会見した「小千谷会談」の舞台として有名で、拝見しませんでしたが本堂の会見の間が残されています。(基本、本堂内見学は事前予約みたいです)それに関する記念碑と司馬遼太郎が『峠』執筆取材に来た記念碑もあります。何より、登録有形文化財の明治時代に造られた山門と船岡観音が歴史を感じさせ、すばらしいものです。堂内中央には観音像安置されておりましたが、新しいものだったので弘法大師が彫ったとされる本尊の聖観世音菩薩ではないですね。また、幼稚園もあり遊び場になっていました。
名前 |
船岡山慈眼寺 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0258-82-2495 |
住所 |
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HP |
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/nagaoka_kikaku/1204737362979.html |
評価 |
4.1 |
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小千谷会談の場。北越戊辰戦争を決定付けた処。戦争回避を嘆願するも断られた河井継之助の無念さは如何許りだったのか。御住職、とても優しく迎えていただき、ゆっくり歴史の場を拝観することができました。ありがとうございます。