大正初期合祀の阿夫利神社。
阿夫利天神社の特徴
寿永年間に本庄太郎が建立した歴史ある神社です。
本庄七福神巡りの途中に訪れる人々に人気です。
旧社格が不明でも魅力的なスポットとして知られています。
平安後期に領主の庄太郎氏が石尊大権現の分霊を勧請したのが始まりとされる阿夫利神社と、室町後期に本庄城の鎮守として祀られたのが始まりとされる天神社が、大正初期に合祀されて、現社名となり、近年に社殿を焼失したが、間もなく再建して現在に至っている。北側が切り立つ台地になっていて、下に公園がある。社殿は東向きに鎮座し、入母屋造りで、本殿は履屋の中に安置されていて、拝観不能。南隣りに普寛霊場がある。案内板あり。2026/1/29
阿夫利天神社は若泉の台地にあり平安時代の後期に本庄太郎実長が相模の大山の石尊大権現を勧請したのが始まりで大正時代に天神社を合祀し阿夫利天神社になった。現在の社殿は平成時代に放火により焼失して再建した建物です。
寿永年間(1182〜1185)に本庄太郎が建立したそうです。今は人影も無く、静寂です。
創建:平安時代相当。本庄市・若泉公園の南斜面を上がった台地に阿夫利天神社があります。その若泉公園の東方の賀美橋(国登録有形文化財)を渡り、本庄市街地方面(南方)へ上り始めるところに参道の石段があります。阿夫利神社に天神社が合祀され、阿夫利天神社となりました。近年、平成12年1月に火災に会い、社殿が再建されています。阿夫利神社の創建は、社伝によると、寿永年間(1182-85年)に児玉党・庄太郎家長が、かねてより信仰していた相州大山(神奈川県伊勢原市)石尊大権現を、領地内の当所に勧請したのが始まりだそうです。(大山阿夫利神社と言えば有名で、お酒の神事で参拝したことがあります)お賽銭箱に梅鉢紋(菅原道真)と羽団扇紋(石尊権現の大天狗小天狗)が施されていました。毎年9月3日、水を恵む神様に御神酒をあげ感謝する「御神酒あげ神事」が厳かに執り行われるそうです。阿夫利天神社と社務所の間を少し西へ向かうと出世稲荷神社があります。9月の「御神酒あげ神事」の後だったせいか、多くのペットボトルの水が奉納されていました。
2018年5月、本庄七福神巡りの途中にて、立ち寄りました。9月には、水を恵む神様に御神酒をあげて、感謝する御神酒あげ神事が行われるそうです。
旧社格不明。本庄氏由来。
| 名前 |
阿夫利天神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社へは何度も行ったことがあるので、由緒書でそこから勧請したと知り、とても親しみが湧きました。阿夫利天神社は明治の神仏分離でお隣の安養院から分かれたそうなんですが、お社はそれほど古びていません。由緒書によれば平成十二年一月、放火により社殿が焼失したが、御神体が残ったことで、平成十四年九月に再建されたそうです。 屋根と賽銭箱には金色に輝く梅鉢紋と羽団扇紋の神紋が施されていました。以下は、境内にあった由緒書の内容です。第60回伊勢神宮式年遷宮記念阿夫利天神社 御由緒 本庄市中央三-四―三八□御縁起(歷史)当社は、大正二年、阿夫利神社に天神社が合祀され、社名を阿夫利天神社と変更したものである。阿夫利神社は、社伝によると、寿永年間(一一八二——八四) 源頼朝によって領地を受けた児玉党の本庄庄太郎家長が、かねてより信仰していた相州大山石尊大権現を、領地内の当所に勧請したのが始まりである。文明十三年(一四八一)その隣接地に、本庄藤太郎雪茂(僧号伊安) が若泉山安養院無量寺を開基し、以後、 明治初年の神仏分離まで、同寺が別当職を務めた。一方、天神社は、「阿夫利天神社由緒書」(埼玉叢書第三巻所収)によれば、天正二年(一五七四)に本庄城主本庄宮内少輔実忠の命により城の鎮守として奉斎されたことに始まる。本庄氏退去の後、城主となった小笠原掃部太夫も、鎮座地のほかに五反余の土地を寄進し「天神林」と名付けた。慶長十七年(一六一二) 小笠原氏国替に伴い本庄城が廃城になると、天神社は村人の手によって守られ、 名主七左衛門・問屋伊左衛門らが中心となって寛永六年(一六二九)に御霊を天神林に再建した祠へ移した。寛文七年(一六六七)に同社は、別当寺管霊山自在院慈恩寺境内(現在の照若町) に移された。その後、大正二年に町役場建設用地として天神社鎮座地が指定されたことにより、阿夫利神社に合祀となった。平成十二年一月、放火により社殿が焼失したが、御神体が残り、平成十四年九月に再建され、現在に至っている。□御祭神・大山祇大神 ・天満天神(菅原道真公)・大雷大神 ・高寵大神□御祭日・祈年祭(二月二十五日)・春祭(勧学祭)(四月二十五日)・例祭(お神酒上げ神事) (九月三日)・新嘗祭(十一月二十五日)阿夫利天神社 所在地 本庄市中央三——四阿夫利天神社の祭神は大山祇命、大雷命、高霞神、菅原道真、天手長男命の五神である。社伝によると、寿永年間(一一八二~八五)に本庄太郎家長が城を当地に築いた時、厚く信仰していた相州大山(神奈川県伊勢市)の石尊大権現をこの地に勧請したのが始まりと伝えられ、戦国時代の本庄宮内少輔も深く崇敬したという。その後、天明三年(一七八三)七月の大かんばつの時、石尊社を池上に遷して降雨を祈ったところ、たちどころに霊験を得たといわれる。寛政三年(一七九一)に社殿を再建、大正二年に天神社ほかを合祀し、社号を阿夫利天神社と改称した。昭和六十年三月 埼玉県 本庄市。