織田信長の原点、古渡城跡!
古渡城跡の特徴
織田信長が元服した古渡城跡があります。
東別院の境内にひっそりと佇む石碑が魅力です。
麒麟がくるで紹介された歴史ある名所です。
信長元服の地、古渡城。現在は立派なお寺の側にひっそりと石碑のみあり遺構などはありません。都市部にあり、駅から徒歩圏内、寺院の駐車場有りとアクセス良好ですが城跡単体で見て回るところも特にありませんので周辺観光の一環で立ち寄るのをオススメします。
織田信長の元服したと云われている場所です、お寺さんの無料参拝駐車場利用出来ます。
1546年、当時13歳だった信長が、この城で元服し「織田三郎信長」と名乗りました。わずか14年ほどで廃城となっています。このエリアは古い石碑や鐘楼など、歴史を感じさせるものが集まっていて趣きがあります。隣りにある寺院らしい伝統的な様式を備えた納骨堂の場所そのものが、かつて織田信秀(信長の父)が城を構えていた城郭の一部にあたるそうです。
ふるわたりじょうと読む。現在は東本願寺名古屋別院内に案内看板がある。正面から入って左側にある。
織田信秀による築城。信長が元服した城で知られる。後に末森城が築かれ、居城を移した事から短命の内に廃城となる。城跡には本願寺別院が建ち、石碑が立てられている。隣接する下茶屋公園は古渡城の堀跡だとされる。
織田信長の居城跡。真宗大谷派名古屋別院の境内にあります。奥に進むと明治天皇名古屋大本営碑などありました。
東別院の一角にひっそりと佇む石碑があります。この地は信長の父、織田信秀が古渡城を築城した場所。古渡城を廃城した跡地に東別院が建てられました。この古渡城で13歳の信長は元服式を挙げたと伝えられています。
東別院の敷地内にぽつりと石碑があります。お寺の敷地内だからか、やはり少し厳かな雰囲気が漂っています。春に訪れましたが、桜が綺麗だった…!織田信秀が天文3年(1534)に築城。それまで住んでいた那古野城を息子の信長に譲り、こちらに引っ越してきた。天文16年(1546)には、このお城で信長の元服の儀を行ったそうな。天文17年(1547)に信秀が末森城に移ったことにより、廃城となる。
古渡城址碑(/≧◇≦\)
| 名前 |
古渡城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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織田信長の原点を知る場所として欠かせないのが、この古渡(ふるわたり)城跡です。信長が13歳で元服し「三郎信長」と名乗った歴史的瞬間の舞台でもあります。今は東別院の境内に位置し、無料駐車場も完備されているため、お寺の参拝とあわせて気軽に立ち寄れます。ただし遺構は残っておらず石碑が立つだけです。1542年頃、信長の父・信秀が経済拠点である熱田の掌握と今川方への備えとして築いた平城で、当時は二重の堀を持つ堅固な造りでした。ここで元服した信長が、のちに天下へと駆け上がっていく第一歩を踏み出したのかと思うと、非常にロマンを感じます!信秀はその後、古渡城から末盛城へと拠点を移していきます。