本庄祭りで神楽を楽しもう!
金鑚神社の特徴
毎年11月に開催される本庄まつりが魅力的で、神楽殿での神楽が見どころです。
樹齢400年の立派なくすの木があり、落ち着いた雰囲気が楽しめます。
装飾が美しい社殿や独特な鳥居が、訪れる人々を惹きつけます。
2026年1月2日、今年の初詣に行きました。よく通り過ぎてはいたのですが、初めての訪問です。中々の盛況でした。これといって屋台ご出ている訳もないのですが参拝の方々は多かったです。あと、神社の周りが一方通行が多いのと駐車場の位置がわかりにくいので、お気をつけて、走行して下さいね。あと此処の家紋はツタらしいです。三つ葉葵になかなか似てるので宮司さんに尋ねました?笑笑!
本庄祭り1日目の宵祭りに参拝に立ち寄りました。(2025.11.2)本庄祭りは本庄鎮守の金鑚(かなさな)神社の附け祭で、毎年11月2-3日で開催されます。祭りは11月3日がメインで2日は旧中山道沿いと町内乱曳きのみでした。御朱印はは書き置きのみで、いただくのを止めました(笑)
金鑚神社は祭神は天照皇大神・素盞鳴尊・日本武尊で本庄城を築城した歴代の本庄氏(児玉党)の氏神様で崇敬が厚かった。本殿は享保九年と拝殿は安永七年、幤殿は嘉永三年の再建です。
極彩色漆塗りの権現造り社殿は県の文化財に指定されており、幣殿には本庄宿の武正南廬、小倉紅於など、郷土画家によって奉納されたみごとな天井絵が掲げられています。境内には樹高20m、東西約30mにもなる県指定天然記念物のクスノキがあります。武州本庄七福神めぐりの一つで恵比寿尊が祭られています。御朱印頂けます。
本庄市にはいくつかの金鑚神社がありますが私が訪れたのは千代田3丁目にある金鑚神社です。主祭神は天照大神、素戔嗚尊、日本武尊の三柱となります。社伝によると創建は541年とされ鎌倉時代、武蔵七党の一つ児玉党の氏神として、また本庄城主歴代の信仰が厚かったそうです。明治5年には「村社」となりましたが歴史と由緒があり信仰圏も広いことから、のちに県社に昇格しています。現在の社殿は本殿は1724年、拝殿は1778年、幣殿は1850年の建築と伝えられます。全ての建築物(手水舎までも)には見事な装飾彫刻が施されていて特に本殿は極彩色の彫刻で彩られています。装飾彫刻とともに注目すべきは社内の巨大なご神木でカヤの木は本庄市文化財指定となっており、その隣の楠は樹齢400年、巨大で天を覆いつくすように枝を張っています。なんでもこの地が楠の北限だそうで、こちらは県の指定文化財となっています。そのほかにも他の神社ならご神木になりそうな巨大な木が多いのも、この神社の特徴となっています。
児玉郡神川町二ノ宮に所在する金鑽神社の遙宮として創建されたと伝えられる。祭神は、天照大神、素戔嗚尊、日本武尊の三柱。鎌倉時代以後は児玉党本庄氏などの崇敬を受け、戦国時代には本庄領の総鎮守として崇められたとされる。天正18年(1590)、徳川家康の関東入国に従った小笠原氏が本庄城主となるとその庇護を受け、江戸時代には中山道本庄宿の総鎮守として信仰を集めた。極彩色漆塗りの権現造り社殿は県の文化財に指定されており、幣殿には本庄宿の武正南廬、小倉紅於など、郷土画家によって奉納されたみごとな天井絵が掲げられています。境内には樹高20m、東西約30mにもなる県指定天然記念物のクスノキがあります。武州本庄七福神めぐりの一つで恵比寿尊が祭られています。毎年11月に行われる当社の例大祭は、「本庄まつり」として親しまれ、北関東随一と称される豪華絢爛な10基の山車が市内を曳き回されます。仕事の移動中 ふとすごく立派な神社が見え 参拝したい ちょうどお昼休憩の時間だし ちょっと寄り道 神社裏に駐車場あります。鳥居からいい雰囲気👍️入ってすぐに巨木 これだけの巨木 かなりパワースポット☺️大手門 手水舎 所々の彫刻がすごい👍️拝殿 本殿共に綺麗な朱色 彫刻 こちらも👍️境内雰囲気もよくいい参拝ができました。本庄の町 なかなかいいですよ。レンガ倉庫や古い建物 お寺 神社 有名なドライブインなど散策するにはいいかも オススメ👍️
創建は古墳時代にさかのぼると言う古社で、市街地にあり、西側は幹線道路に接している南側の風情ある両部鳥居、かっての別当寺の山門である風格がにじむに大門(市指定文化財)、東向きに鎮座する朱をベースにした漆塗りの絢爛豪華な社殿(県指定文化財、彫刻は石原吟八郎)と神楽殿(市指定文化財、彫刻は石原吟八郎)、さまざまな大木で覆われ荘厳な雰囲気に包まれたクリーンな身も心も癒される境内…どれもこれも、訪れる善男善女の視線を満たすものばかりだが、わけても樹齢300年超を誇る威風堂々とはした御神木のクスノキ(県天然記念物)は見事の一語に尽きる…。「かなさな」と読む。説明板🅿️🚻あり。2025/10/24
素敵な神社でした。歴史のある美しい彫刻でした。御祭神が天照大御神だと聞いて、とても嬉しかった。御神木も素晴らしいです!
【金鑽神社 御由緒】一御縁起(歴史)本庄市千代田三ー二ー三本庄の市街地の中心部を東西に貫く県道購場・本庄線は、かつての中山道である。日本橋から十番目に当たる本庄宿は、中山道最大の宿場であった。宿場の西端近くに鎮座する当社は、本庄宿の総鎮守として広く知られている。たけるのみこと社記によれば、当社の創建は欽明天皇の二年(五四一)のことで、社地は日本武尊がかつて駐軍した古跡であるという。鎌倉時代には、武蔵七党の一つである児玉党の武士によって信仰され、とりわけこの地を在所とした本庄氏の崇敬が厚かった。降って天正十八年(一五九〇)、徳川家康の関東入国に伴い、小笠原掃部大夫信嶺が本庄城主となったが、同氏もまた当社を厚く崇敬し同年九月に本庄城に入るや翌十月には当社の社殿に装飾を加え、武運長久を祈願している。小笠原氏は、嶺の猶子信之の代に下総国(現茨城県)古河城に移封され、更にその嫡男の忠貴は関宿城に移るが、忠貴は本庄城で生まれた縁故により、当社への信仰が特に深く、寛永十六年(一六三九)に社殿の改築を行った。天然記念物として保護されている三本の神木(楠・榧・機)はこの時植構されたもので、忠貴はほかに自筆の額や祈願状(市指定文化財)を奉納している。当社は明治五年に村社になったが、由緒があり信仰圏も広い故をもって、同十七年に県社に昇格した。
| 名前 |
金鑚神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0495-22-3267 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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創立は古墳時代末期の欽明天皇の2年(541年)と伝えられている長い歴史のある古社だそうです。境内の樹齢300年クスノキ巨木は迫力がありました。金鑚(かなさな)神社の名前は難しい名前と思いましたが、砂鉄を意味する金砂(かなすな)からきているようです。