荘厳な観音と松平家の歴史。
照光寺の特徴
境内には府中藩主松平家の墓所があり、歴史を感じる場所です。
観音立像の周りには小さな33観音があり、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
立派な向拝の龍の彫刻が印象的で、寺院の美しさを引き立てています。
雷電山 西向院 照光寺(しょうこうじ)は、JR石岡駅の西500mほどの茨城県石岡市府中に伽藍を構える浄土宗の寺院です。応安7年(1374年)開基は大掾高幹、開山は良善上人(旧名越派)で府中平村の鹿の子の地に創建されました。のちに、大掾(だいじょう)右京大夫の代に七堂伽藍の様式が整い、常陸五大寺の一つになったといいます。天正18年(1590年)大掾氏が佐竹義宣に攻められ、滅亡の折に焼失しました。慶長7年(1602年)佐竹義宣の弟の佐竹左衛門尉(さえもんのじょう)により再興され、現在の地に移されました。元禄13年(1700年)松平頼隆が藩主となり、照光寺を松平家の香華所(こうげじょ:菩提寺)としました。安政4年(1857年)に現在の本堂を建て、照光寺学寮と称して寺子屋教育を開始しました。この寺子屋の生徒には藤田小四郎との繋がりがあったことから、後に小四郎らが決起した尊王攘夷派による「天狗党の乱」では、田丸稲之右衛門一派の宿舎となり天狗党の陣営が置かれていました。明治6年(1873年)石岡小学校創設の際には、当寺が校舎として使用されました。山門より右手に鐘楼、正面に本堂、書院、庫裏が配置され、本堂地下に位牌・納骨堂があります。本尊は阿弥陀如来です。境内には、水戸徳川家の枝藩である『常陸府中藩 松平家墓所(石岡市指定史跡)』があります。浄土宗(じょうどしゅう)は、鎌倉時代初期の承安5年(1175年)法然上人(源空)によって開かれた仏教の一派です。その教えの核心は「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」にあります。それまでの仏教は、厳しい修行や深い学問を積んだ者だけが救われると考えられていました。しかし法然は、阿弥陀仏の「すべての人を救いたい」という本願を信じ、「南無阿弥陀仏」と口に出して唱える(念仏)だけで、誰もが平等に極楽浄土へ往生できると説きました。この簡潔で力強い教えは、当時の庶民や武士、女性たちの間に急速に広まりました。総本山は、京都の知恩院(ちおんいん)です。本尊は阿弥陀如来であり、拠り所とする経典は『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の「浄土三部経」です。浄土宗の信仰において大切なのは、自分の力で悟りを開こうとする「自力」ではなく、阿弥陀仏の慈悲にすべてを任せる「他力」の心です。日常生活の中で、感謝の念を持って念仏を唱え続けることが推奨されています。後に弟子である親鸞が浄土真宗を分立させますが、浄土宗は法然の教えを忠実に守り続け、現在も日本で最大規模の信者数を誇る伝統宗派の一つとして、人々の心の支えとなっています。
最近幼稚園が移転して、境内の駐車場が広く立派になりました。
寺院も新しくなり、お寺の中もとても綺麗で仏様や仏具も荘厳で素晴らしいです。一方周辺の墓石も趣がありとても落ち着きがある墓群です。浄土宗の素晴らしい寺院です。
お世話になっております。
何度かお参りに来ています浄土宗の寺院ですいつも境内綺麗にされています気持ちがいいです。
立派な向拝の龍😊ちょっと見たことのない龍の彫刻でした😌
とてもきれいに設備されたお寺です。住職さんがとても親切で、子供たちにも優しく話しかけてくれました(*^^*)
観音立像の廻りを小さな33観音が取り囲んでいます。
常陸府中藩のお殿様の菩提寺。
| 名前 |
照光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0299-22-2621 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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住職様に心から感謝を毎回してます♪お話の内容にも心が温まる、救われるそんな気持ちにして下さります!感謝しきれません(*^^*)