風格ある武尊神社で歴史感じる。
小高神社の特徴
武尊神社の総社であり、歴史的な背景が魅力的です。
小学校の隣に位置し、木々に囲まれた落ち着いた雰囲気です。
平安時代の歴史書に記載された古い由緒を有しています。
風格のある神社です。彫刻が良い。南方面を向いて鎮座しています。
上野国の式外社。創建は不詳ですが平安時代にまとめられた「日本三代実録」によると貞観5年(863)に上野国従五位下の格式を賜っていたことが記されています。その他にも「前橋風土記」や「名跡志」、「後上野志名跡考」にも社名が散見でき、「上野国神名帳」では利根郡21社中の筆頭従一位小高明神と記され、武尊神社の総社と推定されています。境内から縄文時代の土器や石器、獣骨、黒曜石などが出土し、貴重な事から名称「糸井宮ノ前縄文遺跡」として昭和54年(1979)に昭和村指定史跡に指定されています。とあります。
国史見在社で、武尊神社の総社。1200年を超える歴史を有する。
小学校の隣にありますが、木々に囲まれて落ち着いた雰囲気の場所でした。
自宅の近くにある神社です。夏の祭典には御神輿も出て、これぞ祭りと感じれます。
御祭神 日本武尊小高神社の由来小高神社は、平安時代の歴史書「三代実録」に「貞観五年(八六三年)五月九日上野国正六位小高神社に従五位下を授く」と見えるそれである。この裏づけとして、「前橋風土記」に「糸井は勢多郡にあり、帝神小高神社に従五位下を授く、三代実録清和貞観五年」と明記されている。「名跡志」には「小高神社は糸井にあり」とあり、「後上野志名跡考」には、「糸井は国図による利根郡の境なれば、もとは利根郡にて上野国神名帳に従一位小高明神と見え給う大神なるべし」とある。このように小高神社は、「上野国神名帳」に記載されている利根郡二十一社中の筆頭にあり、武尊神社の総社とみなすことができる。(境内案内板より)神楽殿(村指定重要文化財)木造、瓦葺きで、表の梁には唐草模様の彫り物があり、製作年代は不明ですが、造りが貝野瀬武尊神社舞殿によく似ているため、江戸時代末期の文化・文政年間ではないかと推定されています。明治初年に東京の歌舞伎役者・尾上菊五郎の門下に入り、尾上扇之助と名乗り有名な役者となった、ここ糸井出身の見城駒吉が帰郷してから、多くの村民が師事し、地芝居が盛んに行われました。その舞台となった場所が、ここ小高神社の神楽殿で、「セリ出シ」、「セリ込み」、「ヒラキ」、「天井ツリ」、その他どの段にも不自由がないように大道具、小道具が揃えられたといわれています。(奥利根ゆけむり街道参照)拝殿の彫刻拝殿には、蟇股に亀の親子と波、挙鼻に龍、木鼻に狛犬、扉には龍が四匹彫られ、見事な彫刻が多い群馬県の社殿の中でも、素晴らしい部類に入ります。史跡 宮ノ前縄文遺跡小高神社は、隣の小学校から宮ノ前縄文遺跡が発見され、この遺跡から、群馬県で産出しない黒曜石の石器が出土したことでも有名です。
| 名前 |
小高神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0278-22-2655 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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約1,200年の歴史がある神社だそう。この辺りは縄文時代から栄えていたようで、土器や黒曜石などが土中から出てくるとのこと。こと近くに住む友人は子供の頃、良く土器探しの遊び(遊びと言えるのか? 発掘作業か?)に来ていたとのこと。7月の終わり頃にお祭りぎあるようです。