横浜の水道史を感じる場所。
旧野毛山配水池の特徴
旧野毛山配水池は1930年に運用開始、歴史ある記念物です。
津久井湖から横浜へ安定した水を供給した先人の苦労を感じます。
野毛山公園は日本初の浄水場跡地に造られている癒しの場所です。
中央図書館で新聞を読んでいたらこれすぐ後ろじゃねっとなったので来ました。
横浜の水道の歴史を知る上での重要ポイント。英国人のヘンリー・スペンサー・パーマー氏がこの地に浄水場を作ったのが始まり。関東大震災で壊滅したのちに再建されたものが塔のように見える排水池。この塔の下に水の貯蔵庫が広がっている。現在は耐震基準を満たしていないことから閉鎖されている。
航海と都市発展に真水は欠かせません。横浜を支えた施設です。
旧野毛山配水池は1930(昭和5)年に運用が開始され、1995(平成7)年にその役目を終えたそうです現行の配水池は公園の芝生広場の下に設置されていて旧配水池は震度6以上の揺れに対する耐震性が低いということが分かり、安全を考えて閉鎖されたらしい…けど中に入ってみたいですね~
明治初年、津久井から横浜まで水道が引かれた文明開化の歴史的記念物です。文明開化・経国済民なるもの、やはり生活者の生命を維持することが最優先です。ここを訪れた日は、前日にアフリカのマリ共和国で日本企業日揮の社員が人質にされ、首相が政府専用機で現地に向かった日です。空には中層に積雲が横一列に並んでいました。当時の技術功労者・英国人技師スペンサー・C・パーマーの像が建てられています。
津久井湖から横浜まで安定した水を供給した先人の苦労のゴールがここにあったのかと想いを馳せます。どうやって野毛山の上まで水をあげたのか。
日本の水道の原点であり、現在でも、ここの高さを活かして自然の流れで周辺の蛇口に届く。
中に入ることはできません。
野毛山公園は、関東大震災で崩れた野毛山浄水場(日本初の浄水場)の跡地に作られた。地下に新野毛山配水池(西/中/南区に供給)がある。
| 名前 |
旧野毛山配水池 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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のんびりした公園になってます。家族連れの人たちの憩いの場ですな!