自然が息づく白ひげ神社。
白鬚神社の特徴
昭和11年生まれの狛犬が印象的な神社です。
御祭神は須佐之男命で、神聖な雰囲気があります。
自然豊かで、落ち着いた環境が魅力です。
本によってこの神社がどのように紹介されているかを調べてみる❶【参考 讃岐郷土研究 第7巻 1964年】白ひげ神社(1964年の本によるもの)天正年間(1573年~1592年)「神余(かなまる)弾正」という武士が敗戦の結果、落ち人となってこの村の「陳カ峯」に逃げてきた、という。その時に白いひげの老翁(ろうおう)が現れて「神余弾正」を導いた、という。「神余弾正」は不思議な老翁に従って付いていくと、当社のところで忽然と消えてしまった、という。「神余弾正」は此の地に社殿を建てて、奉斎し、自分もここに居住したという、とある。____________「神余(かなまる)弾正」をしらべてみる❶【参考 綾歌町史 1976年】天正の頃に「神余(かなまる)弾正」は「長尾大隅守」に仕えていたようであるが、「長曾我部元親」に攻められ没落したようである。「長尾大隅守」は長尾(満濃町)を中心とした鵜足郡南部の地を納めていたようである。栗熊西、長尾小八郎宅に 「長尾氏系図」・「血判状」などが伝えられている、とある。それによると、「天正の始め、長曾我部にせめらる。軍勢3000余騎。天正7年2月25日 申刻(午後4時前後約2時間)に落城。67人を召連れ、炭所おくにひきこもる」と注記してある。血判状に「神余(かなまる)弾正」をはじめ67人の家臣の血判が押されている、とある。このあとこの神社の地に住み着いたと思われる。
狛犬、昭和11年生まれ。
川が流れていて自然を感じる場所に建てられた神社です。少しばかり涼ませて頂きました。ただ、橋の所は車では行けない様になっていましたが…。記憶違いでなければ確か以前は車での通行が可能だったと思うのですが…。それからあまり掃除をされていないのか鳥居・石段・社周辺にかなり落ち葉があり歩き難かったです。
御祭神 須佐之男命、合祀祭神 大山祇命こちらな神社は県道39号線枌所から南に走り綾川に架かる新名橋の東側横にある社です。社前には綾川が流れ参道から境内まで鬱蒼とした森に覆われ昼尚薄暗いです。氏子の人数が減っているのか雑草が繁茂し参道や石段も苔むし雨上がりだったので滑り歩き難かったです。社の歴史は天正年間(1573~1586年)神餘弾正と云う武士が戦に敗れ、この地陳ケ峯に逃げて来ました。その時、白鬚の老翁が現れ弾正を導くように、この社地まで連れて来て忽然と消えました。弾正はこの地に社殿を造営し奉齋。自らもこの地に居住したと伝わっています。
あまり手入れされておらず、自然が豊か。
| 名前 |
白鬚神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E7%99%BD%E9%AC%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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