源英寺の静かな境内、整備された歴史。
源英寺の特徴
お線香に火をつけるコンロが便利で重宝しています。
酒井重忠のお墓があり、由緒ある寺院です。
墓地が綺麗に整備されており、訪れる価値があります。
駐車場に庚申塔があります。
境内はこじんまりとしていますが、とても綺麗にされておりました。ご住職はとても丁寧で物腰の柔らかい方で、御朱印をいただく際も丁寧な対応をしてくださいました。帰り際も「暑い中ご苦労さまです」と声を掛けていただきましてありがとうございました。
柳原山源英寺様。釈迦如来を本尊とする曹洞宗のお寺。酒井重忠公ゆかりの寺。歴史を感じます。住職様より御朱印を直書きにて拝受。その時に猫の表紙の御朱印帳を使っていたことから、近所の猫スポットも教えていただきました。2025年6月27日訪問。
酒井重忠は慶長6年(1601)平岩親吉に代わり厩橋(前橋)の城主となった。家康に頼され、川越からの転封にあたり「汝に関東の華をとらす」といわれた江戸期の初代前橋藩主である。源英寺に残る「酒井重忠画像白書」により自らが描いたとされるこの画像は、掛軸仕立ての紙米、極彩苗の肖像画である。画面軸の表具にはやや剥がれ落ちた跡が見られるが、桐箱に保管されていたため、美しく細やかな彩色をはじめ全体的にはよく保たれている。重忠の画像は、このほか姫路城に一点あり、烏帽子、顔、衣装、液の配置から手足等にいたるまで本画像と極めて似ているが、色彩等からみると本画像の方が古く、その筆勢にいささか稚掘な点が見られ、その点がかえって画に一種の重みを加えている。追記:御朱印が頂けます。住職も人当たりの良い方でした。
母方祖父のお墓があり、数年ぶりに行きました。ゴミ箱やトイレが無くなり、不便。お寺も維持管理大変なのね。駐車場は広くて停めやすいけど、たくさん車が停めてあった割には人が誰もおらず、何目的で停めてるのか不明。
お線香に火をつける所(コンロ)があるのが有り難い。
水道も奥にもあり、清掃も行き届いている。
酒井家の菩提寺の一つです。座禅会が出来るそうです。
こちらには、もともと酒井重忠のお墓があり、重忠の法名が源英傑臾龍海院であったので、源英寺と命名されたといいます。重忠の墓は、現在は菩提寺である龍海院に移されています。なお、こちらの墓地には富津陣屋で自刃した前橋藩家老小河原左宮と藩士白井宣左衛門の墓があります。幕末の慶応4年(1868年)房州の富津陣屋には前橋藩が常駐し、警備を命ぜられていました。その頃、江戸の情勢が不穏であった為、江戸在住の前橋藩士達は、続々と富津陣屋に避難し、その数は家族も含め600人に達していました。そこへ旧幕府の脱走軍である撤兵隊が押しかけ、富津陣屋を包囲した上、明け渡しを要求しました。すでに前橋藩は官軍に恭順していた為、家老の小河原左宮は拒否しましたが、彼等は兵を退こうとせず、攻撃する姿勢を見せました。藩主と家族を犠牲にすることはできず、小河原は明け渡しを決意しますが、その責任を自ら負う為に、即刻自刃して果てました。その後、援軍が到着し、前橋藩は陣屋を取り戻しましたが、今度は敵に陣屋を明け渡した責任を問われ、左宮から後を託されていた白井宣左衛門は、潔く切腹して果てたといいます。富津陣屋跡には、いまでも「小河原左宮自刃の地」「白井宣左衛門自刃の地」と刻まれた石碑が立っているそうです(;_;)/~~~
| 名前 |
源英寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
027-231-3244 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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前橋市大手町にある曹洞宗のお寺。前橋藩初代藩主である酒井重忠が亡くなってからその菩提を弔う為に創建されました。酒井重忠は若い頃から徳川家康に仕え、本能寺の変後の家康の伊賀越えでは船で三河から出迎えに行き関ヶ原の戦いにも参加した武将で家康から信頼されていました。それまでの功績から家康に厩橋城(現在の前橋城)を与えられました。寺号の源英寺は重忠の戒名から取られたもので、源は源氏の流れを汲む酒井家を、英は栄誉ある者を意味しており酒井重忠の事を指しています。私が参拝に来た時は本堂や境内は工事中でした。お寺には酒井重忠の自画像が納められているそうです。