ラオスの屋根が魅せる別空間!
東福寺の特徴
国道50号沿いにあり、ラオスのワット・シェントーンのような屋根が特徴的です。
真言宗豊山派のお寺で、秘仏は男女和合の神、歓喜天です。
前橋の旧市内に位置し、静かな別空間を楽しめます。
格好のよい本堂です。
真言宗の寺。東福寺は、戦国時代の永禄二年(1559年)日輪寺の賢乗坊宥智大和尚が、四十二歳のとき霊夢により大厄を免れんがため勢多郡南橘川端村(現 前橋市川端町)に開基として創建し、不二尊を供養し、朝雲山歓喜院を号し歓喜天(和合神)を祀って隆盛しました。その後八十年ほどを経た江戸時代前期の寛永十三年(1636年)当山十五世宗順の代に、時の厩橋(前橋)城主・酒井忠世(第2代藩主)は城下に密宗の寺院がない事から現在の地に移転させたと言われています。鰐口(わにぐち)は市の重要文化財に指定されています。現在の本堂はアジア風の建物が特徴的です。
国道50号から見えるラオスのワット・シェントーンみたいな屋根をしたお寺が東福寺。真言宗豊山派のお寺。この辺りには宗旨の違うお寺が4寺並んでいるが寺町だろうか。
群馬県前橋市三河町、上毛電気鉄道上毛線/中央前橋駅から徒歩4分位にある「東福寺」さんへ参拝しました。13時に参拝で他の参拝者はいませんでしたのでゆっくり参拝する事ができました。「朝雲山 東福寺」「宗派」 真言宗豊山派「御本尊」 阿弥陀如来「御由緒」戦国時代の永禄2年(1559年)日輪寺の賢乗坊 知大和尚が42歳の時に霊夢により大厄を免れんがため勢多郡南橘川端村(現 前橋市川端町)に開基として創建しました。その後80年ほど経った江戸時代前期の゙寛永13年(1636年)に厩橋(前橋)城主、酒井忠世は城下に密院の寺院がない事から現在の地に移転させたと言われています。※群馬まるごとガイドを簡略「東福寺鰐口」市指定文化財鰐口は寺や神社の軒先に吊るし、願い事をする時に鳴らすものです。東福寺の鰐口は青銅製で表裏とも 同心円の条線で撞座、中区、銘文帯に区画されています。元は赤城山地蔵岳山頂の地蔵堂にかけてありましたが廃仏毀釈でお堂が廃棄され勢多郡粕川村の西福寺所蔵を経て東福寺所蔵となりました。※諸説あり 実物は見れませんでした。「仏足石」釈迦の足跡を印刻した石。仏像の発祥以前に古代インドで行われた釈迦の象徴表現の1つ。「感想」国道50号線沿い寺号碑、馬頭観世音の石碑がある場所が参道入口となっています。参道途中には太子講塔や念仏供養塔があり、馬場川に架かる石橋を渡ると境内入口へとなります。山門は無く境内に入り左側に六地蔵尊、右側に駐車場があり正面に本堂があります。本堂は3段重ねの特徴的な屋根となっており何処かアジアンチックな雰囲気ですが今にも宇宙に飛び立ちそうな雰囲気も感じました。ありがとうございました。
前橋の開発されてる地域の中で昔からの佇まいが美しい。
市街地を通る国道やメイン通りからは判りづらい場所に在りますが裏通りからは良く見えます。
真言宗豊山派のお寺、朝雲山東福寺。仏足石があります。
実家のすぐ近小さな頃の遊び場でした🙇
駅近くの旧市内にあってこの一画は落ちついていて別空間でした。
| 名前 |
東福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
027-224-6887 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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戦国時代に日輪寺の大和尚が市内北方の川端町に創建し、江戸初期に現在地に移転する。本堂の佇まいは、エキゾチックと言うかユニークと言うか、とかく画一的で面白味に欠ける寺院建築の中では、ダントツに独創的だから強烈なインパクトがある。室町時代に武蔵国(埼玉)小川町の地蔵堂に献納され、どこをどう巡って辿り着いたのか、寺でもさっぱり分らないと言う小さな鰐口が、市文化財になっているのも面白い。案内板🅿️あり。2026/1/6